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オーバーツーリズムの先へ 京都から考える“観光と暮らし”が共存する未来

2025年6月26日


オーバーツーリズムの先へ 京都から考える“観光と暮らし”が共存する未来

訪日外国人旅行者数と観光消費額がともに過去最高を記録した2024年。観光が社会を動かす原動力となる一方で、京都のような人気都市ではそのあり方を見つめ直す動きも始まっている。「観光客が増えること」自体は歓迎されつつも、暮らしとのバランスや、地域にとっての“ほんとうの恩恵”とは何かという声も増えてきた。混雑の問題、経済の偏在、文化体験のあり方──その背景には、観光の構造が大きく変化してきた事実がある。今回は、“観光立国ニッポン”の未来を見据えるうえで、京都で起きていることを、観光マーケティングの専門家である立命館大学 ビジネススクール(経営管理研究科)観光マネジメント専攻の石崎祥之教授とともに紐解いていく。

〈この記事のポイント〉
● 京都の混雑は“突然”ではなく、観光構造の変化が生んだ現象だった
●「どこも混んでいる」は誤解? 混雑の実態は地域・時間帯で偏在
● 外資系ホテルの進出と“地元に落ちないお金”が生む不満
● 修学旅行生の受け入れ減少は、未来のリピーターを失うリスク
● 「質の観光」を支えるのは、地域連携と“本物の体験”の提供

オーバーツーリズムは“突然”始まったわけではない

観光地・京都に訪れる人々の波。その背景にあるのは「急なブーム」や「コロナ後の反動」だけではない。むしろ、観光の歴史と構造そのものが、今の混雑を導いたと言える。
はじめに、近代観光のあり方を振り返りながら、石崎教授に現在のオーバーツーリズムの背景を解説いただこう。

観光というのは50年周期で“革命”が起こっていると言われています。1860年代の鉄道が普及に伴った欧州での第一次、1910年代の船舶を利用した第二次、1960年代の航空機時代。そして2010年代に起きた第4の観光革命です。LCC(格安航空会社)の台頭やアジア諸国の経済成長、関西国際空港の24時間運用などが重なり、特に中国・韓国・シンガポールといったアジア圏内での旅行が一気に加速したのが今の状況です。
移動の自由度が上がって、価格的にも一気に現実的な選択肢になりました。それまでは“特別な体験”だった海外旅行が、“日常の延長線上”に入ってきた感覚です。SNSでリアルタイムに情報が流れ始めた時代でもあるので、“今すぐ行きたい”という衝動がそのまま行動につながりやすい。結果として、京都のような場所には継続的かつ高頻度で観光客が集まる構造ができあがったわけです」(石崎教授、以下同じ)

“オーバーツーリズムと呼ばれる現象は、単なる偶発的なトラブルではなく、国際交通や政策の流れに連なる「観光構造の変化」でもあるのだ。さらに、訪問者の傾向にも変化が見られるという。

「日本についていえば、以前はアジア圏からの観光客が中心でしたが、コロナ後はヨーロッパからの訪問が明らかに増えている印象があります。“リベンジ消費”の一環として、長距離の旅先として京都を選ぶ動きがあると考えられます。
つまり今の京都は、アジア圏の観光客が継続的に訪れているところに、さらに欧米の来訪者が加わり、混雑が一段と目立っている状態。数が増えただけでなく、観光構造自体が複層化しているという側面があります」

立命館大学 経営学部 石崎祥之教授
石崎祥之教授

“どこも混んでいる”は本当か?報道と現実のギャップ

「京都はどこも人であふれている」──そんなイメージが定着している。しかし実際に住んでいる人の体感は、少し違っているようだ。石崎教授は、自ら京都市内に暮らす住民として、現場のリアルをどう見ているのか。

オーバーツーリズムの先へ 京都から考える“観光と暮らし”が共存する未来

「観光シーズンの夕方、金閣寺周辺からのバスに乗るのは本当に難しくなりました。以前なら通勤時間をずらせば座っていけたのに、今では1台見送らないと乗れないこともある。ゴミも増えていて、バス停の横にあるゴミ箱はほぼ常時あふれています。
たしかに「混んでいる」実感はあるのですが、一方で、それが京都全体に当てはまると判断するのは早計です。タクシーの運転手さんなどからもよく聞くのが、『テレビが映してるのは一番混んでるときの一番混んでる場所だけ』という話です。京都市全体が同じように混雑しているかというと、そうではないんです」

有名観光地、特に金閣寺や清水寺、二条城などでは常に人の波が見られる一方で、それ以外の地域や、地元住民向けの飲食店などは意外なほど“空いている”という。

「インバウンド対応している店は予約でいっぱい。でも地元向けのお店は土日でも普通に入れる。京都駅や主要観光地の混雑ぶりが強調されすぎて、まるで“京都中が大混雑”という印象になってしまっているんですね。
さらに、観光客の構成の変化も、混雑を「より混雑させる」方向に働いている可能性があります。京都市の調査では、外国人観光客が増えた分、日本人観光客が減っている。特に日本人のなかでも、10回以上訪れているリピーター層が減っているんです。逆に外国人の9割は“初めての京都”です。
当然、清水寺や金閣寺などの定番スポットに集中する。結果的に、同じ場所ばかりがどんどん混んでしまうという構造になっているわけです」

旅行者の分散は可能か? 観光行政の試行錯誤

京都市では近年、「観光の分散化」を掲げ、混雑対策として“時間・場所・季節”の3つの軸に対策を進めている。たとえば、混雑する春や秋だけでなく、冬の誘客キャンペーンを展開したり、宇治や亀岡といった周辺地域への訪問を呼びかけたりする取り組みだ。その方向性自体は理にかなっている。だが、課題は別のところにあると石崎教授は指摘する。

「たとえば団体旅行や修学旅行生は、午前中に金閣寺から南下していくか、清水寺から北上してゆくルートがほぼ固定化されています。つまり、時間的にも場所的にも“偏り”がある。個人で行く人は、金閣寺周辺を昼以降にずらせば混雑が和らぐのですが、その情報が届いていないんですね」

実際、京都市では混雑状況を知らせるアプリや、観光地の事前予約制度なども整備されている。しかし、それらの存在が十分に知られていないことも課題だという。

「インバウンド観光のボランティアをしている学生も、『そんなシステムあるなんて知らなかった』って言うんですよ。行政も賢明に取り組んでいますが、発信もまだ弱いですし、活用されるレベルに届いていないという状況です

分散の必要性は誰もが理解している。ただしその実現には、情報発信の強化と、観光客の行動変容を促す“仕組みの浸透”が不可欠だ。

誰が“得”をしているのか? 観光経済の背景と地元の実感

「これだけ観光客が増えているのに、自分たちの暮らしは少しも豊かになっていない」。
京都の市民から聞かれる声の多くが、観光と経済の“すれ違い”に向けられている。石崎教授も、そうした実感の背景には構造的な要因があると指摘する。

「ホテルが建っても、増えるのは非正規の清掃スタッフのような雇用が中心。時給ベースの仕事ばかりで、地域全体としての所得や税収にはあまりつながらない。それが市民の不満として表れているんです。また、京都に進出する高級ホテルの多くが外資系であることも、地域経済の循環を阻む要因になっています。
最近のラグジュアリーホテルは、ヒルトンやハイアットなど外資系が中心。収益の多くが海外に吸い上げられてしまう。国内運営会社も、実は東京の不動産系資本がバックにあるケースが多く、結果的に地元・京都にはあまりお金が落ちていない構造なんですね」

では、観光による地域活性は本当に難しいのだろうか。

スイスなどは“地産地消型”観光の先進事例です。建築や食材など、徹底して地元優先で運用されていて、観光収入が地域内で循環するよう設計されています。日本でも、湯布院のように地域に根ざした観光モデルを実践しているところはあります。京都においても、そうした“可視化された還元”が必要ではないでしょうか。現状では、“観光で得しているのは一部だけ”という印象が強く、反発の根になっている部分もあります

その流れの中で、近年注目を集めているのが「宿泊税の見直し」だ。現在、京都市では最大1万円の課税が可能な制度改定が検討されている。

「フロリダ州オーランドでは、ホテル税によって税収が地域に還元される仕組みがしっかりと機能しています。だから、観光客が増えても住民の不満は少ない。京都でも、そうした循環設計が整えば、観光と生活の共存はもっと可能になるはずです」

観光の経済効果が“どこに落ちるか”。その設計次第で、オーバーツーリズムは“地域を疲弊させるもの”から、“地域を支えるもの”へと変わっていくだろう。

“質”の観光へ 「京都モデル」の可能性と次世代の顧客創出

オーバーツーリズムの先へ 京都から考える“観光と暮らし”が共存する未来

観光客数が回復するなかで、京都では新たな課題も浮かび上がっている。それは「量」だけでは測れない、“観光の質”に関する問題だ。

「最近、京都に東京より長く滞在していた観光客が『どこに行っても外国人ばかり』『人が多すぎて落ち着かない』と言って両都市の滞在日数を逆転させるケースが出てきています。実際、“東京3泊・京都4泊”だったのが、東京4泊京都3泊へ、場合によっては“東京5泊・京都2泊”に逆転しつつあるという話も聞きます」

過密・混雑が旅の満足度を下げ、京都から観光客が離れていく可能性もある。そうしたなかで、改めて注目されているのが「修学旅行生」の存在だ。

修学旅行生は、京都にとって極めて大切な顧客です。彼らが訪れることで、1年の観光シーズンの“谷間”を埋めることができるし、何より、将来のリピーターになる可能性が高い。子どもの頃の体験は強く記憶に残りますから。ところが近年、インバウンド対応に特化したホテルの増加により、修学旅行生の宿泊先が京都市内で確保しにくくなってきました。観光は京都市内ですが、宿泊は周辺地域に流出するケースも増えています。
実際、修学旅行生の受け入れを大切にしようとする宿泊業者もいます。インバウンドの方が単価は高いけれど、将来の京都を支えるリピーターを大切にすべきだと。そうした事業者の姿勢が、観光都市の持続可能性を支える鍵になると思います」

こうした視点は、“質”の観光を考えるうえで欠かせない。そして、質を高めるもうひとつの鍵が「体験の中身」にある。

「たとえば着物レンタルでも、安価で簡易な衣装ばかりが流通しています。日本人の目から見れば“あれはちょっと…”と思うことも多い。一方で、“本物の着付け”や“丁寧な体験”には、ちゃんとお金を払いたいという人がたくさんいるんです。例えば、ラーメン作り体験など、1万円以上の料金でも予約が埋まるような“本格体験型観光”は着実に人気を集めています。そうした質の高い観光を支えるためには、地域の事業者どうしの連携も欠かせません。
たとえば、空いている循環観光バスの最終便と、オフピークのまだ無名の観光スポット特別拝観を組み合わせれば、双方にメリットが生まれます。現場には創意工夫の余地がまだまだありますし、もっと横のつながりを生み出す仕組みが必要だと感じます」

さらに、立命館大学のような教育機関もその“つなぎ役”としての役割を担える可能性がある。

大学がキャンパスや教員、学生を活かして、観光と学びを融合させるようなプログラムも考えられると思います。高校生や修学旅行生にとっても“大学体験”になるし、地域連携にもつながる。ただ、そうした機会をコーディネートする“仕組み”が今は不足している。そこを整えられれば、観光の質も地域との関係も、より良い方向に進めるはずです」

オーバーツーリズムという言葉が広がる一方で、観光は本来、人と土地、人と文化をつなぐ豊かな営みのはずだ。「数」ではなく「関係性」や「文化体験の深さ」で選ばれる観光都市へ。京都にはそのポテンシャルがある。

立命館大学 経営学部 石崎祥之教授

石崎祥之

1993年3月立命館大学大学院経営学研究科博士後期課程修了、博士(経営学、立命館大学)。国際連合地域開発センター研究員、立命館大学経営学部助教授を経て、現在、同教授。滋賀県商工会連合会販路開拓支援事業研究会座長、姫路市観光戦略会議議長、日本観光経営学会会長を務めた。この間、交通システム論、国際ロジスティクス論、国際観光論、観光システム論、レジャー産業論等の科目を担当。

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