高度成長期から半世紀、日本の巨大インフラの数々がいま「過渡期」を迎えている。日本のインフラ土木技術の高さは世界的に認められるところだが、橋やトンネルは定期的な点検・保守が必要不可欠だ。数多くのインフラを検査する負担は、国や地方自治体の財政を圧迫しかねない。
通行規制のかかる橋梁は9年で約3倍に増加
インフラの耐用年数は一般におよそ50年間と言われるが、日本に現存するインフラの多くは高度成長期の1960年代に一斉に整備された。つまり既に多くのインフラは耐用年数を超えて補修や建替えが必要な時期に入っているのだ。
インフラの劣化といえば、やはり2012年に起きた笹子トンネル天井板落下事故が思い出される。9名が亡くなった痛ましい事故だが、実は同トンネルの完成は1975年。完成から37年後という、供用開始から50年に満たない時点のことだった。
この事故を受けて2014年7月から、国はトンネルや2m以上の道路橋などを5年に1回、「近接目視」で点検することを自治体に義務付けたが、重い財政負担に苦しむ自治体も少なくないという。
海外に目を向けても、今年(2018年)8月にイタリア・ジェノバにて、1960年代に建設された高架橋が崩落し43名が死亡した事故は記憶に新しい。およそ10年前の2007年には、アメリカ・ミネアポリスの州間高速道路が崩落し9名が死亡する事故もあった。供用年は1967年だった。直接的な原因は経年劣化ではなく設計ミスと発表されているものの、事故の衝撃的な光景を覚えている方もいるだろう。
これらの事故は、世界的な“インフラ老朽化時代”の到来を警告しているように思える。
検査を難しくするインフラの個別多様性
このような事故を防ぐためにどのような検査が行われ、どんな課題があるのだろうか? 「非破壊検査」(対象物を壊さずに内部の劣化や表面の損傷を調べる技術)を専門に研究する、立命館大学理工学部の川﨑佑磨准教授は次のように話す。
「従来のインフラ検査は目視が主な方法だったため、目に見えるヒビ割れやサビ汁が発生してから対策を施すという『事後保全』でした。しかしインフラの劣化や破壊に対しては、顕在化する前に予測して対策を施す『予防保全』が重要です。
非破壊検査では、老朽化した構造物に対する負担を軽減し、内部の劣化や欠陥を精密に検査できるので、顕在化する前から劣化の程度や場所を推測することができます。『予防保全』を可能にする技術なのです」
橋梁点検では「近接目視」は義務付けられているものの、機材を持ち運ぶ手間や技術者不足から、非破壊検査による予防保全が広く浸透するにはまだ時間がかかると想定されるという。
また、同大学理工学部の野阪克義教授は自らが専門に研究している橋梁を例に挙げ、インフラの個別多様性が検査業務を難しくしている現状を指摘する。
「インフラといっても橋梁やトンネルなど種類はさまざまですし、橋梁だけを取り上げてもアーチ橋や吊り橋などいろいろな分類があります。材料も『鋼材は引っ張られる力に強い』『コンクリートは水を通しにくい』など特質が多様です。すなわち、検査における重要ポイントが全く同じインフラはほとんど存在しないのです。
一方で、能力や知識の異なる人たちがこなせるように点検はマニュアル化されています。そのため、インフラの個別多様性に対応した検査が行われているとは言い難い状況です。点検業務の効率化が求められているためですが、今後の議論が必要だと感じています」
インフラ検査に関わるもう一つの課題として、自治体のリソースが限られている点も無視できない。
「将来のために点検記録を残すとしても、すべての橋梁について詳細なデータを残すにはビッグデータ処理などのICT技術が必要ですが、市町村レベルの自治体にその予算や時間があるかは疑問が残るところです」(野阪教授)
たしかに最近では、大規模インフラにセンサーを取り付けリアルタイムで劣化状況を把握するようなIoT技術を活用したテクノロジーの開発・実証実験も行われているが、費用や人材の面から全国の自治体に普及するにはまだ時間がかかりそうだ。
自治体ではインフラ専門人材が不足
個別多様性の高いインフラを検査するには専門知識が必要になることから、地方自治体は「人材不足」という課題も抱えている。
「自治体では定期的な異動が慣例であり、担当者が専門的な知識を得る前に異動してしまう点も人材の確保を難しくしていると言えます。
専門人材を安定して確保し続けるためには、自治体の担当者に向けた教育システムを作り上げる必要も考えられるでしょう」(野阪教授)
人材不足はデータ管理にも影響を与える重大な課題だ。実際、多くの自治体ではインフラ施工当時の資料が残されていないと言われる。
「完成から60年を超えたインフラの中には、使用されている材料の特性や、場合によっては橋梁の名前すらわからないものも存在します。データ不足な状況を後世に残さないためにも、データを管理する仕組みづくりが重要です」(川﨑准教授)
予算や人材などのリソースが限られた中でいかにして人材育成やデータの保管・引継ぎの仕組みを作るかが、いま喫緊の課題なのだ。
最後は「人」が安全性を判断 求められるのは技術力と職業倫理
老朽化、データ散逸、人材不足と課題の山積するインフラ業界。特効薬のような解決策はもちろんないが、特に人材育成の重要性はどんなに強調してもしすぎることはない。
「非破壊検査やIoT技術など、テクノロジーを活用した検査はもちろん非常に大切ですが、最後に安全性を判断するのは『人』です。直接目で確認し、肌に触れ、時には匂いを嗅ぐなどしてインフラの状態を適切に評価できる人材を育てることが最も重要だと思います」(川﨑准教授)
「大学という機関は最新技術の研究と並んで、人材育成が最も重要な責務だと私は捉えています。インフラ管理という仕事の公共性や『技術者倫理』の大切さを伝えながら、インフラ分野に進む学生を1人でも増やしていきたい」(野阪教授)
我々の生活を根底から支え、時には防災・減災の役割も担っている社会インフラ。日常生活の中で当たり前のように存在しているが、何もしなくても安全に維持され、いつまでも使い続けられるわけではない。高い技術と倫理に基づく維持管理が必要だ。
今年10月には油圧機器大手KYB社が免震・耐震装置の検査データを長年にわたり改竄していたことが発覚し、コーポレート・ガバナンスの重要性が改めて浮き彫りになった。人の生命や身体の安全を守る役割を担うインフラ業界でも、老朽化に立ち向かう技術力と職業倫理を備えた技術者の育成が強く求められている。