ロシアのウクライナ侵攻は、戦火を逃れる多くの人々を生んだ。その受け入れには日本も積極的に取り組んでいるが、今回の日本の対応は従来とは明らかに異なるという指摘も多い。日本の難民・移民政策と今後の課題について、アフガニスタンからの避難民の支援などにも取り組んでいる立命館大学国際関係学部の嶋田晴行教授に聞いた。
● 避難民と難民の違いとは?
● 避難民の人々への対応はどうなっているか
● アフガニスタンなど他国との対応の差は?
● 日本の移民政策の今後
「避難民」とは? 政策と国際政治との整合が生んだ概念
ロシアのウクライナ侵攻によって、数百万人ものウクライナ人が海外に逃れ、日本もおよそ1000人を「避難民」として受け入れている。よく似た言葉に「難民」があり、「避難民」とは一字違いだが、その意味は大きく異なる。
「難民」は、1951年の難民条約などによって、「人種、宗教、国籍、政治的意見、あるいは特定の社会集団に属するという理由で、自国にいると迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れ、国際的保護を必要とする人々」と定義されている。
それに対して「避難民」には漠然とした定義しかなく、「天災や戦災などから避難した人々」を意味する。ウクライナから逃れてきた人を「避難民」と呼ぶのは、日本の政策の「ねじれ」が影響しているというのが嶋田教授の見解だ。
「日本政府だけでなく、メディアも『避難民』を使っていますが、“うまい”言葉を生み出したな、というのが正直な感想です。日本政府の基本的な思想は、移民政策は取らない、移民は受け入れないというものです。
ウクライナから逃れてきた人を国際法上の『難民』に認定してしまうと、定住資格を与えることになり、変な言い方ですが、『住まわれてしまう』ことになります。一方で、ウクライナへの支援は必要で、国際的な体面を保つためにもアクションが求められています。そこで捻り出したのが『避難民の受け入れ』です。日本の政策と、国際政治の現状の“ねじれ”から生まれた概念といってもいいかもしれません。
もちろん、ウクライナの人たちを助けたいという思いは偽らざるものだと思いますが、『避難民』という言葉が、日本の難しい立場を反映したものだということは、理解しておくべきでしょう」(嶋田教授、以下同じ)
特例ともいえる「避難民」の人々への待遇 今後はどうなる?
では、日本に避難してきたウクライナの人たちへの対応は、どのようなものだろうか。
「ウクライナから逃れてきた人たちは、観光やビジネスなどで来日する人と同様に、短期滞在の資格で入国し、『特定活動』という枠組みで労働が可能な資格に切り替えることになっているようです。
この資格を得ることによって、国民健康保険にも加入できますし、子どもは学校に通うこともできるようになります」
一方で、ロシアのウクライナ侵攻は、今のところ終わりが全く見通せない状況にある。こうした中で、避難民の人々の今後は、どうなるのだろうか。
「日本に避難したウクライナの人たちの今後については、政府も含めて『現時点ではそこまでは考えられない』というのが本音でしょう。しかし、現実的には、避難してきた人たちは定住の道に進むしかないし、定住したくない人たちは他の国に移動することになると思います。避難してきた人たち自身も、選択を迫られることになるでしょう。
とはいえ、このような“成りゆき”ともいえる受け入れ体制は、日本だけでなく、ヨーロッパの国々でも大きくは変わりません。争いの終結が見えてきた時点で、臨機応変にあるいはその場しのぎで対応を検討していくことになるでしょう」
アフガニスタンやミャンマーなどとは異なる今回の対応
嶋田教授はJICA職員時代に軍事政権下のミャンマーを担当し、加えてアフガニスタンへ赴任して以来、アフガニスタンからの難民にも関係が深い。また、ミャンマーやスリランカ、アフリカ諸国にも、ウクライナからの避難民に近い境遇の人々は数多くいる。その対応の差はどのようなものだろうか。
「2021年8月にアフガニスタンにタリバンがやってきて、実際に迫害を受けたり、国外に逃れようとする人が国際映像に映るなど、大きな話題となりました。しかし、アフガニスタンから避難する人への対応については、日本は取り組みがかなり遅れたと言わざるを得ません。
受け入れの条件もウクライナのケ-スとは全く異なります。私が知る限り、条件は
①有効なパスポートを持っていること
②迫害を受ける、あるいは受ける可能性を証明できること
③日本での身元保証人が確保されていること
の3つです。迫害の可能性の証明と身元保証人の確保は非常に高いハードルで、NGOを含めた民間の関係者や大学などが協力して条件をクリアし、受け入れにつなげている状況です。
また、ミャンマーからの避難民の受け入れについては、ミャンマーの軍事政権と日本が歴史的に深い関係にあることから、さらに取り組みが進んでいません。それに比べてウクライナの人たちに対しては、一気にハードルを下げた対応になっているので、“恵まれている”ように映るのは確かだと思います」
日本はすでに移民大国!? 今後、日本に求められる対応とは
今後、避難民を受け入れる中で、課題になるのは「就労」と「言語(日本語)」だと嶋田教授は説明する。
「たとえばカナダは難民や移民に優しい国といわれていて、実際に多くの人が目指す国になっています。しかし、現実には就労や職探しには苦しむ人が少なくありません。
カナダでも、それなりの職に就くためには、学歴と職歴が必要ですが、アフガニスタンなどで医師やエンジニアの経験があっても、その資格や経験をすぐに生かせるようなシステムになっていないのです。雇用が不安定であれば、当然生活は苦しくなりますから、難民や移民にとって慢性的な不満になっています。
だからといって、そうした人々の雇用を優遇すると、『自国民でも職探しに困っている人がいるのに』という話になるのは当然のことです。ドイツでも、同じようなロジックで移民に対する反発が高まってきたという現状がありますし、日本でももちろん同様でしょう。
また、日本で暮らす外国人が最初にぶつかる壁が日本語です。我が国では、日本語ができないと、職探しもままならないといえます。
ドイツには、難民を含めてドイツに来た人たちに、ドイツ語の研修を受けてもらい、ドイツの生活習慣を学んでから社会に送り出すという制度があります。日本も言語や文化、習慣を学ぶ制度をつくる必要がありますが、制度をつくると、難民や移民の定住を認めることになるという別の問題が持ち上がる可能性があります」
避難民の人々を社会に“ソフトランディング”させるには、文化や言語の理解は欠かせない。しかし、新しい制度は根本にある日本の移民政策とは相容れないというわけだ。ウクライナの問題は、難民や移民に対する日本の今後の対応に、間違いなく大きな影響を与えそうだ。
「できるだけ大きな影響を与えないように、政府は対策を小出しにして、取り組みを国内外に発信している状況。受け入れ現場での具体的なサポートは、民間団体やNGOが受け持つ形になっているのが現状です。
しかし、政府は認めませんが、現実的には日本はすでに移民大国になってしまっているといえるのです。コロナ禍で数は減りましたが、留学生はもちろんのこと、『特定技能』や『技能実習』といった制度の下、すでに多くの人が海外から入ってきていることは、コンビニや工場、土木作業の現場など、日常のさまざまな場面でみなさんも実感しているのではないでしょうか。
今回のウクライナのケースでは、『日本も難民を受け入れようと思えばできる』ことがわかってしまったともいえます。次に他の国で同様の事態が起きた場合には、『ウクライナの人にはできたのに、なぜできないの?』という声が高まるでしょう。
うがった見方をすると、政府は今回のことを突破口にして、避難民に関する政策を一歩先に進めようとしているようにも思えます。
現在は対中・対ロシアの新しい冷戦が始まったような状態。日本も軍事支援や人の受け入れを求められる可能性が生じているので、今から避難する人に門戸を開こうとしているのではないかと個人的には感じています。しかし、移民のように海外から来る人たちを受け入れることについては、日本ではまだまだ反発が多い。対策を小出しにしながら、じわじわとオープンなものにしていく可能性はあるでしょう」
嶋田晴行
立命館大学国際関係学部教授。札幌市出身。一橋大学社会学部および同大学院社会学研究科修了。2016年3月までJICA(国際協力機構)職員としてミャンマー担当、アフガニスタン事務所勤務のほか世界銀行、神戸大学へ出向。博士(グローバル社会研究、同志社大学)。近年はアフガニスタンを主な題材にしつつ、途上国の経済・社会開発やそれを支援する国際協力について幅広い視点から調査・研究を続けている。