不登校はさまざまな要因が絡み合い、いじめとの関連も十分には理解されていない。一方、調査結果からは、いじめについて対応が鈍い教育の現場の姿が浮かび上がってくる。不登校といじめの課題について、立命館大学大学院教職研究科の伊田勝憲教授に聞いた。
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● 教員と不登校の子ども、双方の「いじめの認識」
● 教育現場はいじめが原因の不登校を99%スルーしている?
● 「いじめ防止対策推進法」の理解不足
● 子ども自身が認識していない「いじめ」がある
いじめの認識が「100倍違う」! 不登校の子どもと教職員の溝
不登校といじめとの関係に関して、文部科学省では2つの調査を行っているが、その結果には大きな違いが見られるという。不登校は発生要因が複雑で、いじめとの関連も必ずしも明確でないが、国の調査データからは何が読み取れるのだろうか。
「文部科学省が実施した2つの調査は、ひとつが『児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査』、もうひとつが『不登校児童生徒の実態調査』です。前者は毎年行われるもので、教員、学校、教育委員会の視点での回答となっています。後者は臨時に行われたもので、不登校の当事者である児童・生徒に直接聞いたものという点が大きな違いです」(伊田教授、以下同じ)
「後者の“子ども目線”の調査結果によると、『いじめが学校を休むきっかけのひとつになった』という児童・生徒が25.2%と、4分の1にのぼります。不登校には複数の要因が絡むことが多いので、いじめが休み始めるきっかけではないケースもあります。後になっていじめ問題が持ち上がり学校に戻りづらくなったというケースも含めると、おそらく30%程度になると考えています」
「一方、前者の“教員・学校視点”の調査結果では、学校が不登校・欠席の原因がいじめと認知している割合は0.3%程度にすぎません。30%と0.3%では100倍の開きがあるわけですから、いじめが絡んでいるかもしれない不登校の99%が教員にスルーされてしまっているともいえます。これは非常にまずい事態だといえるでしょう」
法律上では“行わなければいけない調査”がスルーされている?
「いじめ防止対策推進法」によれば、いじめが原因かもしれない不登校は「いじめ重大事態」として認知することになっていて、いじめが実際にあったかどうかも含めて、調査をしなければならないという。
「法律に基づく調査ということでは、一般的には第三者調査委員会によるものが思い浮かぶと思いますが、実際には学校の設置者による調査の前に、学校主体の調査も認められています。
不登校の子どもたちの視点に従うなら、現在の100倍くらいの件数の調査が行われるはずなのです。これが現実的であるかはともかく、2つの調査結果から、極めて大きな現場対応のまずさが垣間見えてしまったことになります。非常にショッキングな事実ですが、そのショックの大きさがあまり伝わっていないのが現状です」
「いじめ+不登校=重大事態」の認識不足
学校で調査が行われないのは、何がネックになっているのだろうか。伊田教授は法律に対する知識・認識の不足が大きいのではないかと指摘する。
「いじめに関する調査が少ないのは、学校も教育委員会も法律をよく知らないということを示しています。ましてや管理職ではない一般の先生が、法律を理解している可能性はかなり低いといえるでしょう。そうした状況で『重大事態に該当します』と指摘されたら、重大事態という響きが重く感じられて、おそらくマスコミで報道されているような極めて深刻な事態をイメージしてしまうと思います。
しかし、実際に私たちのような研究者などが参加する第三者調査委員会が設立されるのは、重大事態の15%程度なので、『80%以上の重大事態は学校主体の調査で収まっている』といえます。学校主体の調査は、本来の児童・生徒対応と変わらず、そこに『法律に基づく調査』という看板を掛けるだけなのですが、その理解が広がっていないということが大きな問題です」
つまり、保護者から「重大事態に該当するのではないか」と指摘されたケースが、教員視点での調査における「いじめが不登校の原因となっている0.3%」にカウントされているともいえる。調査データからは、法律や調査が機能していないことが伺えるが、その背景について伊田教授は「働き方改革なども関係して、先生の手が回らない実態もある」と分析する。
いじめに気付く難しさは、すべての調査に共通する
取り上げてきた2つのデータからは大きな矛盾が見えてくるが、これは一方で、いじめや不登校についての調査の難しさと限界を示しているともいえる。
「そもそも児童生徒がいじめの法的定義を理解して調査に回答しているとは限りません。また、被害者本人が,いじめられている時点でそのいじめに気づいているとは限りません。後になって振り返って、『あれっていじめだったのかも…』と思い至ることもあるのです。
加えて、被害者がいじめだと気づいたとしても、保護者や先生に『いじめられている』と申告するとは限りません。例えば、不登校になって半年以上経過してから、1年前のいじめ被害を口にするケースも少なくないのです」
法律上では、いじめが原因かもしれないという情報が入った瞬間に「不登校重大事態」として動かなければならないわけだが、対応のタイミングとしては遅すぎる。1年前のいじめを学校が認知していなかったり、単に「トラブル」として済ませているケースも多いという。
当事者である子ども自身が「いじめられている」と認知していないことも十分にあり得る。親としては、子どもが休みがちになったり、不登校ぎみになったりした場合は、背後にあるいじめや友達関係について、少し踏み込んでヒアリングしてみる必要もありそうだ。その際、まずは子どもにとっての安心感を最優先に、弱音やネガティブ感情を吐き出しやすいよう受容的な傾聴を心がけたい。
伊田勝憲
1976年、北海道札幌市生まれ。小学5年から中学1年にかけて約2年間、不登校・ひきこもり。弘前大学教育学部卒業、名古屋大学大学院博士課程満期退学後、北海道教育大学、静岡大学等の専任教員を経て、2019年4月から立命館大学大学院教職研究科教授、現在に至る。専門は、臨床教育学・教育心理学。研究テーマは、青年期における学習への動機づけ、アイデンティティ形成。北海道教育委員会スーパーサイエンスハイスクール運営指導委員(札幌啓成高校)。学校心理士。オセロ1級。時刻表検定1級。