AIなどを活用した自動翻訳技術の進化が著しい今、英語を学ぶ必要性や意味を問い直す声がある。しかし、2019年に “教育界のノーベル賞”ことグローバル・ティーチャー賞の世界トップ10にノミネートされた立命館小学校の正頭英和教諭は、「英語教育はこれからも絶対に必要」と言い切る。
英語を学ぶことによって得られる力とは何か? 新型コロナウイルスの感染拡大で臨時休校が続く2020年春、リモート学習を余儀なくされている子どもたちもいる。英語学習を取り巻く状況が大きく変わる中、英語を学ぶ価値をあらためて問い直していこう。
教育は「知識」から「経験」へパラダイムシフトする
AIやディープラーニング、5Gなどの新たなテクノロジーは、私たちの生活や仕事を大きく様変わりさせようとしている。音声アシスタントや自動運転アシスト装置、音声翻訳などその例は枚挙に暇がない。このような社会の急激な変化を踏まえて、正頭教諭は教育分野でも大きなパラダイムシフトが必要だと指摘する。
「問題解決のためのテクノロジーはすでに十分に進化しつつあり、不満は見つかりにくくなっています。これからの時代に求められるのは『新たな問題や課題を発見する能力』になるでしょう」(正頭教諭。以下同じ)
AIや5Gなどの新しいテクノロジーは、人間が抱えるさまざまな課題の技術的解決には貢献できるが、新たな課題を発見することは苦手としている。「課題発見」はこの先も人間の腕の見せ所であり続けるだろう。
正頭教諭は、課題発見力を育てる教育として“Learning by Doing(やりながら学ぶ)”“Learning by Making(作りながら学ぶ)”など、経験を重視した「問題発見型学習」を提唱。何を教えるか、ではなく何を経験させるかを大切にしている。そこで必要な「経験につながる行動力」に火をつけるのが、英語だ。
「英語を学ぶことが行動力につながるのは、英語という新たなスキルを身につけることで『使いたくなる』『外国人と話してみたくなる』『海外に行きたくなる』などの行動を起こすきっかけになるからです。失敗を恐れずに行動することで、経験値を高めることができる。そうなると視野が広がり、俯瞰してものごとが捉えられるようになって、行動力はさらにアップします。英語は知識・スキルであると同時に、行動力と問題発見能力を高めるツールとも言えます」
「英語ができる」ラインのハードルを下げることが大切
従来の知識重視の教育では、インプットした知識を過たずアウトプットすることが重要で、それがテストの点数として評価されてきた。しかし、今後求められる「経験と行動力重視の教育」では数多くのトライ&エラーが必要であり、失敗イコール間違いとする価値観も転換を迫られることになる。
英語を学ぶ場合も同じで、英語を学ぶ上で経験を増やすためには「苦手意識のハードル」を下げることが重要だと、正頭教諭はアドバイスする。
「そもそも英語ができるかどうかの評価は相対的なものです。たとえば、日本の中学生をネイティブと比べると当然『英語ができない』ということになりますが、英語に触れ始めたばかりの小学生と比べれば『できる』わけです。日本人は謙遜好きな国民性のせいか、大人になってある程度英語を理解できるようになっても、頭の中の比較対象がネイティブのまま。そうなると当然『私は英語ができない』ということになります。
日本人は『英語ができる』のハードルを高く設定しがちなのです。ハードルを上げすぎると『私の英語力は大したことないから……』と使うチャンスを失い、上達の機会を逃してしまう。ハードルを下げて『間違うこともあるけど、少しはできる』と思えばいいのです。失敗を恐れずに積極的にチャレンジすることで、少しずつでも英語の力は必然的に伸びます」
大人がチャレンジする姿を見て、子どもも英語に挑戦できる
一般に「英語ができる」といわれるようになるまでには、2,400〜3,000時間が必要といわれる。英語を学ぶことは長距離を走るようなもの。定期テストの点数に一喜一憂したり、すぐに結果を求めることがいかに愚かなことかわかるはずだ。大人の役割は、子どもたちが英語習得のマラソンを完走する手助けに他ならない。
子どもたちが英語を学び続ける上で大切なポイントとして正頭教諭が挙げるのが、「親も一緒に新しい習い事にチャレンジすること」だ。
「子どもたちにとって未知の言語へのチャレンジは並大抵のことではありません。その気持ちを知ると同時に、『失敗することは恥ずかしくない』と伝えるには、親が未知のジャンルに挑戦する姿を見せることがとても効果的です」
チャレンジの対象は英語である必要はない。他の外国語でも、ヨガでも、書道でもいい。新しい習い事を始めると、どこであきらめそうになるのか、何が苦しいのか、どうほめられると励みになるかが実感できる。
加えて正頭教諭は、努力の継続を支える「親の褒め方」について次のように指摘する。
「長距離走のような英語において、最強の学習法は『継続』です。たとえ効率の悪い学習法でも、そのやり方を本人が継続できるなら結果的に力は付きます。大切なのは、成功したか失敗したかという結果ではなく、結果に至った努力の過程を認めること。ある研究では、結果よりも過程を認める方が成績の伸びがよかったという結果がありますが、それは私の教師としての感覚とも一致するものです」
正頭教諭の最新著書『世界トップティーチャーが教える 子どもの未来が変わる英語の教科書』には、英語教育の枠組みを超えた、未来の教育に向けたポジティブなメッセージが語られている。小学校における英語必修化など、英語教育が大きく変わりつつある今、多くの教育者や親にとって、必見の内容だ。
新型コロナウイルス対応のICT強化で日本の教育は復活できる
本稿執筆時点では、新型コロナウイルスの感染拡大によって全国的に休校が続いている。多様な子どもたちが学び、人と人とのつながりを学ぶ学校という場が失われているのは気がかりな事態だ。現に、家庭で過ごす時間の長期化による親子間のトラブルの増加も伝えられている。今後は、子どもたちの心のケアが大切になってくるだろう。
一方で、臨時休校への対応としてリモート授業やオンライン授業の導入を始めた自治体もあり、国が取り組んでいる「GIGAスクール構想」も進展すると見られている。
GIGAとは「Global and Innovation Gateway for All」の略で、全国の小中高の児童・生徒ひとりひとりにデジタル端末を用意するとともに、高速大容量の通信ネットワークの整備やクラウドの活用などを進めてICT教育を実現するという構想だ。
正頭教諭は、「新型コロナウイルスの感染が終息した後も、日本の教育が後戻りすることはなく、ICT活用という次のステージに進むことは間違いない」と展望する。
「これまで日本の教育現場のICT化は世界的にも遅れていました。しかし、対人コミュニケーションが制限され、オンライン授業やデジタル端末を活用した教育が必須になっていけば、日本の教育の未来は明るいと私は考えています。
2019年にグローバル・ティーチャー賞トップ10にノミネートいただく中で、さまざまな国の先生方や授業を実際に見てきました。そこで感じたのは日本の教育クオリティの高さです。ICT化は遅れていますが、教育そのものの質は日本は世界と比べても極めて高い。この変革の時を大切にして、日本の教育を未来志向で変えていければと考えています」
グローバル・ティーチャー賞トップ10にノミネートされた若き英語教諭からの、非常に励みになる言葉だ。教育現場の変革も必要だが、そのためには広く親世代の意識改革も重要になる。コロナ禍が未来の教育においてターニング・ポイントだったと語られることを願ってやまない。