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超音波で「わずか数センチの空間でしか聞こえない音」を作り出す

2021年6月2日




通常、人間の耳には聞き取ることのできない「超音波」。その超音波を重ね合わせて、極めて狭いエリアでしか聞こえない音を作り出す技術が研究されている。その名も、「ピンスポットオーディオ」。ポストコロナ時代の、“パーソナルな体験”にも応用が期待されるこの技術に触れることができた。

聞けばわかる。魔法のようなピンスポットオーディオ体験

やって来たのは立命館大学情報理工学部、西浦敬信教授の研究室。音響、映像機器がずらりと並ぶ様は、昔見たヒーロー戦隊モノの司令室のようだ。

立命館大学情報理工学部、西浦敬信教授(手前)

ピンスポットオーディオの技術的な仕組みも気になるが、まずはその音を聞かせていただくことにした。大型ディスプレイがかかる壁沿いの、指定された場所に立ってみる。
するとその瞬間、高音域でリズムを刻む音が鼓膜を刺激し始める。直前まで、室内は静寂そのものだった。しかし、その場所では、確かにハッキリとした音が聞こえる。

学生の方に「ピンスポットオーディオ」のスイートスポットに立ってもらった。この場所では、確かに音は聞こえている。
しかし、一歩踏み出して頭ひとつ分位置が変わると、そこにはすでに「音」はない。

少々大げさに表現すれば、「魔法のような体験」といえるだろう。静寂の中で、ある場所でしか聞こえない音。何も知らずにここを通りかかったなら、心霊体験のように思うかもしれない。

聞こえない超音波が重なり、狙った空間で「音を発生させる」

一体なぜ、特定の空間だけで音を出すようなことができるのだろうか。西浦教授に伺った。

「楽器の音合わせなどに使う『音叉』という道具がありますよね。例えば、違う周波数(音色)をもつ音叉Aと音叉Bを同時に鳴らすと、全く異なる周波数(音色)の「うなり音C」が発生します。ピンスポットオーディオは、このような現象を超音波で応用した技術といえます。
私たちは、鳴らしたい音を3つの超音波に変換するアルゴリズムを開発しました。3つに分解された音は3つの超音波スピーカーから流れますが、超音波ですから人間の耳には聞こえません。
3つの超音波が重なり、『うなり音』が発生するスポットでだけ、ピンスポットのように音を発生させることができるのです」(西浦教授、以下同じ)

天井に取り付けられた超音波スピーカー。スピーカーの位置や角度によって、音が聞こえる場所をコントロールすることができる。

実際には、空間上に小さなラグビーボールのような楕円球状のスイートスポットができる。今回はおよそ2cmほどのスイートスポットだったが、可聴スポットを大きくすることも可能だという。

音を閉じ込めることで、「音にあふれた世界」に静寂を

特定の場所でしか聞こえない音。この「ピンスポットオーディオ」は、どのような活用が考えられるのだろうか。

立命館大学情報理工学部の西浦敬信教授

「活用シーンとしては、美術館や博物館にある音声ガイドがわかりやすいかもしれません。館内では静寂が求められますから、現状はヘッドフォンでガイドを聞いていますが、ピンスポットオーディオなら静寂をキープしたまま、ヘッドフォンなしで作品の解説を聞くことができます。
また、パソコンの画面の前にだけ音を発生させることができれば、オンライン会議などでもヘッドフォンをすることなく、しかも周囲への音漏れを心配することなく自然な姿勢で会議をすることができます」

西浦教授は「現代は音にあふれた世界」だと指摘する。
増え過ぎた音を、必要なものだけ残して間引いていくにはどうすればいいか。“音を閉じ込める”ことができるピンスポットオーディオの技術は、間違いなく「あふれる音の引き算」に貢献する可能性を持っている。

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西浦敬信

奈良先端科学技術大学院大学博士課程修了 博士(工学)。エイティーアール音声言語通信研究所 研修研究員 、和歌山大学システム工学部助手を経て、2004年に立命館大学に着任。現在は、情報理工学部教授を務める。専門は音響情報処理、音響信号処理、音響システム、音インターフェイス。

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