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ラグビーW杯で考える「ビデオ判定」 スポーツ好きなら知っておきたい「レフリー」の話

2023年9月14日


ラグビーW杯で考える「ビデオ判定」 スポーツ好きなら知っておきたい「レフリー」の話

ラグビーでは1990年代から始まったと言われるビデオ判定は、今日までの四半世紀あまりの間、どのように受け入れられ、変遷してきたのだろうか。サッカーや野球、さまざまなスポーツでも採用が進むビデオ判定は、スポーツが根源的に持つ「人間中心主義」とバランスを取りながら発展してきたともいえる。スポーツ観戦の楽しみを深めるレフリングの豆知識を、立命館大学 産業社会学部の松島剛史准教授に聞いた。

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〈この記事のポイント〉
● TMOとは ビデオ判定の基本
● ビデオ判定はなぜ必要か?
● ビデオ判定があれば、人間はいらなくなる?
● テクノロジーが楽しみ方をアップデートする

ラグビーにおけるビデオ判定「TMO」 得点に絡む微妙な判定がメイン

サッカーや野球でも目にすることが多い「ビデオ判定」。VAR(ビデオ・アシスタント・レフリー)などと呼ばれることもあるが、ラグビーではTMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)と呼ばれる。ラグビーにおいて、TMOはどのような場面で使われるのか、まずは基本を押さえておこう。

TMO(ビデオ判定)は、基本的には得点に絡むシーンで活用されます。ラグビーの場合、『トライか、そうでないか』という場面が代表的です。具体的には、攻撃側が相手ゴールのエリアに入って、『ボールをきっちりと地面に付けているか』の判定などです。
ボールを地面に付けるという行為は、防御側が守備の際に行うこともあります。特に得点に絡むシーンで、肉眼では不明確となるタイミングもあるのでTMOが活用されます。
また、ラグビーではボールがグラウンドの外に出るとゲームが止まってしまいますが、しばしば境界線であるタッチやタッチインゴールを越えたかどうかが不明で、戦局に大きく影響する場合があり、TMOが活用されます。あとは反則や不正なブレーがあったかどうかや、ゴールキックの成否といった場面。TMOの利用は、以上のような場面だけに制限されています」(松島准教授、以下同じ)

言うまでもないことだが、TMOを利用した判断を含め、試合全体をジャッジするのはレフリー(主審)となる。グラウンドにはレフリーが1名とアシスタントレフリーが2名おり、TMOというのは部屋の中にいる「ビデオ判定をするレフリー」という位置付けなのだという。単に戦況を記録したビデオ映像があるという認識ではないのは、重要な視点といえるだろう。

なぜビデオ判定が必要になったか 国際大会に求められるレフリング

ここで、多くのスポーツでビデオ判定が必要になった背景についておさらいしておこう。

「やはり、スポーツイベントの大規模化、グローバル化というのは大きな要因になっているといえるでしょう。ラグビーでいえば、ワールドカップや各国のプロリーグなど、大きなイベントは経済的にも非常に大きな意味を持ちます。出場国としても、大会は国をアピールできる絶好の機会であり、だからこそ公費を投入して競技力の向上を支援している側面もあります。
政治や経済の中で支援を受けるイベントである以上、人々からの支持と信頼がなければなりません。常に特定のチーム贔屓のジャッジが行われていたり、判定ミスやラフプレーが見逃されていれば、競技自体が社会や人々から不信を持たれますし、昔からのファンたちが離れてしまうということもあるでしょう。
このように、社会からの信頼を広く獲得していく必要があるという中で、TMOのようなビデオ判定によってジャッジの正確性・公正性を高める狙いがあったことは間違いないでしょう」

なぜビデオ判定が必要になったか 国際大会に求められるレフリング

ワールドカップはビッグマネーが動く巨大イベントであり、開催国は大きな費用を負担する側面もある。イベントの収益はラグビーを振興するための財源にもなっている。大会の誘致に際しては、IOCなども『ぼったくりではないか』と指摘を受け見直されてきたが、お金を集めないことにはスポーツ自体の振興が滞るため、経済的な価値は常に重要な指標となるわけだ。

ビデオ判定は「レフリーの支援ツール」 人間の判断が前提になる理由とは

ラグビーにおいてTMOは「レフリーの支援ツール」という位置付けが徹底されている。その意味するところはどこにあるのだろうか。

TMOはスタジアム中の複数のカメラを眼にして、ルールが正しく運用されているかをモニタリングしています。しかも、その眼はスローモーションも、コマ送りも、ズームも、巻き戻しだってできます。肉体の制約を受けるレフリー以上に、よくゲームが見えてしまいます。そんなTMOに主導権を握らせ、あらゆるシーンを任せたりしたら、プレイは途切れ途切れで、ゲームは何度も止まってしまうでしょうし、人間のレフリーの曖昧さが際立ち、その信頼は失われてしまうことでしょう。それはラグビーというゲームの性質上、現実的ではありません。
特にサッカーやラグビーなどの『連続性の高い、止まらない競技』では、あくまでも支援ツールであるというビデオ判定の在り方が必要な側面があります

ラグビーは、レフリーと選手が試合中に積極的にコミュニケーションをとっているシーンが多いと、松島准教授は指摘する。選手はレフリーの判定やその考え方について質問し、またレフリーは「気をつけて」「次やったら(笛を)吹くよ」などと、選手に注意や指導をすることもある。あるいは、レフリングに適合する形でプレイがおこなわれると、レフリーが「ありがとう」と感謝を述べるケースあるという。レフリーはゲームの進行役でもある。
レフリングはやはり“人と人とのコミュニケーション”であり、テクノロジーは支援ツールであるべきだという感覚は、ラグビーの事例から強く感じることができるのではないだろうか。

ビデオ判定はスポーツの面白さをスポイルするか? ゲームの外に存在する“強さの物語”

では一歩踏み込んで、ビデオ判定があることによってスポーツ観戦がどのように変わったかについて考えてみよう。松島准教授の視点は、「スポーツの面白さ」そのものへの考察からスタートする。

立命館大学 産業社会学部 松島剛史准教授
立命館大学 産業社会学部の松島剛史准教授

スポーツにおいて“強さ”はどう測るのでしょうか?『点が入った/入らない』『この試合に勝った/負けた』はわかりやすい指標に思えます。日本がバスケットボールでフィンランドに劇的勝利をおさめました。このゲームは、『日本はフィンランドより強いんだ』という証明のひとつといえるでしょう。
しかし、『○○選手が出ていたら違ったよね』とか、『もう1回やったら違ったよね』とか、強さはゲームからはみ出して存在しています。サッカーのカタールW杯では、『三笘の1ミリ』が大きな話題となりました。確かにあのプレイがゴールに繋がり、日本は勝利しましたが、『本当はタッチを割っていたんじゃないか』『あれがなかったら負けていたかもしれない』など物議を呼びました。レフリーの目視による判定に比べ、各段にプレイは可視化され、判定は正確になったはずなのに、それでも人間は判定に黙っていられない。サッカーファンが集まれば、そうした話で2〜3回は飲み会ができるはずです(笑)。
私たちはそうして『強さの物語』を作り、試合の後にまたゲームを楽しんでいる。スポーツの面白さは、タッチに『出た/出ない』『当たった/当たってない』『勝った/負けた』ということではなく、それにまつわる物語です。レフリーを人間がやるかどうかより、いかなるジャッジだとしても『開かれた解釈で楽しむことができるか』のほうが重要ではないかと思っています。とすると、ちょっとくらい曖昧なほうが物語を作るゆとりがあると言えるかもしれません」

テクノロジーが生んだ新たな興奮体験 次世代のレフリングとどう付き合うか

一方で、ビデオ判定はさまざまな競技において、観客の新たな体験・スペクタクルになっていると松島准教授は指摘する。

「レフリーの判定に一喜一憂し、ネット上でレフリングを評価し、私見を述べるという行為は多くのスポーツで“当たり前のこと”です。私たちは、ゲームを観戦しているとき、選手のプレイだけでなく、そのようなレフリングも含めて観賞しているのであり、その経験を消費しているともいえます。
TMOチェックでプレイの検証が行われているとき、スタジアムの大型ビジョンやテレビではリプレイ映像が流され、観客や視聴者は先ほど肉眼で捉えられなかったプレイを見たり、レフリーのジャッジを追体験したり、評価しています。ビデオ判定というテクノロジーによって、私たちはこれまで見ることのできなかったハイパーリアルを体験し、その次元であれこれ考え、コミュニケーションできるようになりました。それこそ、かつて無かった新たな興奮であり、エンタテインメントです」

テクノロジーによって、私たち視聴者の体験がアップデートされていることは間違いない。一方で、スポーツを楽しむ人間の感覚には、テクノロジーを越えた普遍的なものも存在する。そのように考えると、“白黒つける”だけがレフリングではなく、その周辺にある人間の営みを含めて、レフリングを捉えるという視点が必要だと気づかされる。

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立命館大学 産業社会学部 松島剛史准教授

松島剛史

埼玉県生まれ。立命館大学産業社会学部スポーツ社会専攻 准教授。博士(社会学)。専門はスポーツ社会学。スポーツがどうして世の中に浸透しているのかという素朴な疑問から、ラグビーを中心に研究をしている。主な著作に“From the 2019 Rugby World Cup to Tokyo Olympics and Paralympics; Nationalism and Diversity”Challenging Olympic Narratives, Japan, the Olympic Games and Tokyo 2020/21,(Ergon,2021)など。

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