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活動量計は“着る”時代へ 「スマートウェア」がトレーニングや健康づくりを変える

2023年4月27日


活動量計は“着る”時代へ 「スマートウェア」がトレーニングや健康づくりを変える

その特殊な服は、着るだけで体温や呼吸、さらに心臓の活動も計測し、そのデータを無線で送ることができる。そんな、スマートウェアがついに現実のものとなった。しかも、その見た目や着心地は、センサーを内蔵することを忘れさせるほど。今後、スマートウェアがどのように使われ、どのように私たちの暮らしを変えていくのか、立命館大学スポーツ健康科学部の塩澤成弘教授に聞いた。

〈この記事のポイント〉
● 着るだけで生体情報が計測できるアンダーウェア
● スマートウェアなら24時間365日、負荷なく計測できる
● 健康で大事なのは「平均値」より「個人のデータ」
● ハードもソフトも、今後さらに進化する
● スマートウェア技術を使った次世代事業開発

スマートウェアなら、“着ける違和感”なく生体情報を計測できる

立命館大学スポーツ健康科学部の塩澤成弘教授を中心とする産学連携の研究チームが、「心身の状態を計測できるアンダーウェア」を開発した。これまで心拍数や呼吸などの生体情報を計測するためにはセンサーを時計やバンドなどの機具として「追加装着」する必要があった。しかし、このアンダーウェアは、「着るだけ」で計測ができる。まさに“着るセンサー”だ。

着るセンサー/スマートウェア

着るセンサーを開発したのは、立命館大学を中心に、東洋紡とオムロンヘルスケアが参画した「スマートウェア技術」研究チーム。日本を代表する先進的な研究が集まる文部科学省の「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」に採択され、2013年度から研究、開発を進めてきた。
その中核メンバーである塩澤教授は、次のように話す。

「私は、ウェアラブルセンサー、ウェアラブルデバイスを使って生体計測の研究をしていたのですが、研究協力のレベルでも『何かを常に装着してもらう』のはかなりハードルが高いんです。センサーの中では小型の腕時計タイプでも、24時間着け続けるのはやはりストレスになってしまう。
そこで、センサーを『服と一体化させる』ことを検討してきました。服を着ているのと同じ感覚で、『着用できる』デバイスを目指しました」(塩澤教授、以下同じ)

服と一体化できるセンサーと簡単に言っても、その実現は容易ではない。しかし、東洋紡が開発した厚さ0.3ミリの「ストレッチャブル導電ペースト」(伸縮する導電性を持った接着剤)を応用することにより、センサーを服と一体化させるという難題をクリアした。

着るセンサー/スマートウェア
センサー部分は非常に薄く、実際に着用しても違和感がない

この技術を使ったアンダーウェアは、心電図・呼吸・体温・発汗・運動関節角度を計測することができる。ウェアラブル端末やスマートウオッチに比べ、計測可能な項目が格段に多いのも大きな特徴だ。
また、「下着を着るだけでいい」ので、入浴中以外、24時間365日計測し続けることができる。日常生活の中で場面を選ばず、長期間にわたって計測できることが、この技術の最大の強みと言える。

長期的なモニタリングで健康状態やトレーニングの成果をより正確に把握できる

スマートウェアが大きな価値を持つ分野としてまず挙げられるのが、医療・健康管理の領域だ。

「スマートウェアは、健康状態の見える化を促進します。その時々の健康状態を正しく知るだけでなく、長期的にモニタリングすることで、例えば心筋症や不整脈などの傾向を見たり、病気の兆候を捉えることができるようになると思います。我々が開発したアンダーウェアタイプは睡眠時の着用にも優れるので、『睡眠の質』の見える化もこれまでよりも緻密になるでしょう。また、心拍数を用いて精神的なストレスを把握することで、例えば、オフィスでの社員の健康管理に活用することもできます」

そしてもちろん、スポーツ分野でもこれまでのセンサーを越えたメリットが想定されている。

「スマートウェアを活用すれば、長期的なデータ分析がスムーズになります。また、1回のトレーニングでその効果を実感するのは難しいですが、その他の評価技術や予測技術と組み合わせることで、体の微妙な変化の評価や予測ができ、練習の成果が見えてくるので、トレーニングの支援に大いに役立つと思います。
また、運動関節角度を計測できる点は大きな強みで、ランニングフォームやバッティングフォームなどのチェックに有効です」

これまでの健康の指標は「平均値」 個人に最適な指標の発見につながる

塩澤教授は、健康管理においてもスポーツにおいても「一人ひとりのデータを計測し、蓄積していくことに、大きな意味がある」のだと言う。

健康は平均値で語られることが多く、世の中には『これくらい歩くと体にいい』とか、『これくらいトレーニングすれば、これくらい効果がある』といった指標がたくさんあります。しかし、その平均的な指標がそれぞれの個人にとって最適かどうかはわかりません。重要なのは一人ひとりに合った指標を見つけることです。
スマートウェアによって個人データを長期的に蓄積できれば、その人に最適の睡眠や運動量などを、根拠を持って導き出すことができるでしょう。スマートウェアが、一人ひとりにオーダーメイドな健康指標を与えるきっかけになるのではないかと期待しています」

運動の「生活カルチャー」化や、メタバースへの応用も期待

塩澤教授らが、スマートウェア開発の先に目指しているのは『運動の生活カルチャー化』だという。その具体像について、聞いてみよう。

「『運動習慣』という言い方がありますが、『習慣』を超えて、運動が『生活カルチャー』になることが私たちの目標です。『運動しないといけない』という思いからの運動ではなくて、『楽しいから、運動したいから』運動するようになって、その結果として健康になるというカルチャーが、この研究プロジェクトを通じて生まれてくればいいなと思っています」

着るだけで心拍数などの生体情報を取得できるスマートウェアを活用し、運動の生活カルチャー化の実現に向けた、「スマートフィットネスプログラム」と、教育現場を中心として応用活用が可能な「スマート教育教材」の開発を進めている。
スマートフィットネスプログラムとして、ゲーム×映像×バイクエクササイズを組み合わせたオリジナルプログラム『スマートR・バイク・ザ・ライド』や、ICT教育と連動することにより「論理的思考力」や「課題解決力の向上」などを目指す『教育教材事業』など、社会実装に向けた取り組みも進行中だ。

スマートR・バイク・ザ・ライド
ゲーム×映像×バイクエクササイズを組み合わせたオリジナルプログラム『スマートR・バイク・ザ・ライド』

さらに、塩澤教授がスマートウェア技術の可能性を広げる空間として注目しているのが、「メタバース」だ。

「スマートウェアの研究を始めた当初から、メタバースは意識していました。まだまだ研究の入り口ですが、メタバース空間で何か高度なことをやろうとするならば、このスマートウェアの技術が必ず必要になると考えています。メタバースには、そのサイバー空間だけではなくリアルのフィジカル空間とを意識することなくシームレスに行き来しながら過ごすための連携が大事だと思っていますが、この先研究を進めていけば、その実現につながっていくと思います。
スマートウェアから得られる生体信号からは、心理状態もある程度推測することができます。その技術を応用すれば、メタバースの空間で相手の考えていることが分かるなど、新しいコミュニケーションや人間関係を創出できるでしょう

産学連携によるスマートウェア技術の研究は、2019年から「事業化、社会実装」の段階へと進んでいる。
一例として、複数の情報を同時に取得できるセンサーや、センサーを内蔵したアイマスク、靴下、タイツなどの開発も進んでいる。さらに、より締め付け感の少ないアンダーウェアの研究開発にも乗り出しており、本当に「センサーであることを意識することのないウェア」の実現にも近づきつつある。
健康やスポーツだけでなく、我々のライフスタイル全体にも影響力のあるスマートウェアの今後に期待しよう。

立命館大学スポーツ健康科学部 塩澤成弘教授

塩澤成弘

立命館大学大学院理工学研究科博士課程後期課程修了(博士(工学))。主な専門は生体計測。計測対象はスポーツや日常生活中の運動や生理量だけではなく心理状態にも及ぶ。「スマートウェア」、「生体信号計測方法及び装置」、「心電図計測装置」、「周期運動体の移動軌跡算出方法及び装置」、「筋力計測方法及びそれに用いる装置」などの生体計測に関する特許を申請している。

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