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サッカーW杯が行われる「カタール」はどんな国? スポーツで先進国を目指す戦略とは

2022年11月2日


W杯が行われる「カタール」はどんな国? スポーツで先進国を目指す戦略とは

2022年11月21日に開幕する4年に1度の祭典、サッカーのFIFAワールドカップ・カタール大会。「死の組」に入った日本代表の活躍にも注目が集まるが、現在進行系のウクライナ侵攻など、不安定な世界情勢の中で行われる大会でもあり、国際関係を俯瞰する意味でも興味深いイベントといえる。秋田県ほどの面積しかない中東の小国は、なぜサッカーの祭典にこだわったのか。その背景を見ていくと、安全保障や先進国を目指す戦略が浮かび上がる。

〈この記事のポイント〉
● カタールとは?
● W杯を招致した理由は安全保障にあった?
● 重要になる「ソフトパワー」
● 先進国入りのきっかけにもなるW杯

カタールの基礎知識 秋田県より狭く、治安は英仏より上?

W杯の開催で「カタール」という国名を耳にする機会が増えたとはいえ、カタールがどのような国かをイメージできる人は少ないだろう。

カタールってどんな国?

カタールはサウジアラビアの東、ペルシャ湾に飛び出したカタール半島を主要な国土とし、その面積は秋田県よりやや狭いほどだ。人口は約280万人で京都府と同じくらい。自国民であるカタール人はそのうち33万人ほどしかおらず、8割以上が海外からの労働者で構成されている。
一方、2021年のGDPは1,692億ドルと、一人あたりGDPでは世界4位を誇る極めて豊かな国という側面も持つ。その主産業は原油と天然ガスといったエネルギー資源によるものだ。
また、意外なのがその「治安の良さ」だ。世界平和度指数によれば、2022年は世界23位であり、イギリス(34位)、フランス(65位)よりもかなり上位に位置する。

西の国境を大国サウジアラビアに接し、政治的に不安定な国々も多い中東にあって、極めて重大なのが安全保障である。乏しい軍事力を補うように、米軍基地を誘致するなど、軍事的・政治的な安定を、複数の大国との連携や中立的な振る舞いの中で勝ち取ってきた歴史も持つ。まずはカタールという国の概観が、少しイメージできただろうか。

サッカーW杯がカタールにもたらすもの 世界に存在を知らせることの意味

エネルギー資源を背景にした莫大な富はあれど、国際関係では難しい舵取りを迫られてきたカタールにとって、W杯はどのような意味を持っているのだろうか。スポーツ社会学に詳しい、立命館大学 産業社会学部の松島剛史准教授に聞いた。

他国への存在感をエネルギー資源に頼るということは、対外関係が市場の同行に大きく左右されることになります。もし、石油や天然ガスの価格が暴落してしまえば、大きな経済的損失をリカバーすることができません。そこで、どのように経済の多様化を進めていくのかということが課題になります。
ところで、中東に対して私たちは漠然と『危なそう』といったイメージがあったり、『どこの国も似ていそう』といったイメージを持っているのではないでしょうか。その背景には、『メディアバリューのある中東のニュースは危険や危機を扱ったものばかり』という側面があります。危険なイメージを持つ中東の国々の one of them ではなく、固有の国としてカタールを認知させることは、実は安全保障を考える上でも大きな意味を持つんです。海外ではこうした観点から今大会やカタールのスポーツ戦略が注目されています。そのキーワードが『ソフトパワー』です」(松島准教授、以下同じ)

サッカーW杯という「ソフトパワー」が実現する安全保障

「ソフトパワー」は、ハーバード大学のジョセフ・ナイが提唱した概念で、【強制や支払いではなく、魅力を通じて自分の望む力を得る能力】と定義される。対義語は「ハードパワー」であり、ロシアによるウクライナ侵攻などの“力の行使”は、その象徴的なものといえる。

立命館大学 産業社会学部 松島剛史准教授
立命館大学 産業社会学部の松島剛史准教授

「例えば、魅力的な文化や価値観、歴史的名所などによって国際的な観光価値が高まれば、その魅力によってさまざまな力(パワー)を得ることができます。イタリアやフランスは、高級ブランドや料理といったソフトパワーをもっていますし、日本が文化・歴史に加え、アニメやマンガといった魅力を世界に発信していることも、ソフトパワーの発揮といえます。
カタールにとってW杯誘致を含めたスポーツ振興は、ソフトパワーを発揮できる分野の開拓を意味し、極めて重要な国家戦略の一角だといわれています

カタールのスポーツを通じたソフトパワー戦略はW杯だけにとどまらない。2012年のロンドン五輪の選手村への莫大な投資や、サッカークラブ(パリ・サンジェルマン)の買収、世界展開するスポーツ専門チャンネル「beIN Sports」による国際スポーツの放送権の獲得など、豊富な資金力を武器に、さまざまな分野で影響力を拡大している。

「一見すると、産油国の富豪が道楽でやっているように見えるかもしれませんが、彼らには彼らなりの、非常に切実な安全保障への目論みがあるといえます。自分たちが提供するものを世界の関心・欲求と一致させることで、国際舞台におけるカタールの重要性は高まります。それこそが、国家の生存戦略であり、意図的な試みなのです」

サッカーW杯が自国の制度・慣習も変えていく カタールは先進国となるか?

冒頭で紹介したように、カタールは治安の面でも世界で上位に位置しており、先進国並みの水準にあるといえる。一方でカタールに根付いてきた「カラファ」と呼ばれる労働契約制度は、欧米を中心に「現代の奴隷制度」として批判を受けてきた。
松島准教授は、W杯の開催がそのような慣例を変え、カタールが先進国の一角に名を連ねるための足がかりにもなり得ると語る。

「カタールが世界に認められていくためには、ソフトパワー戦略と並行して『グローバルな価値観を国に根付かせていく』ことも重要です。ここで言うグローバルとは、欧米的なという意味になりますが、いずれにしてもカラファのような制度がそのまま存続されている状況では、W杯は難しかったでしょう。
改革は遅々として進みませんでしたが、2017年には国連機関である国際労働機関(ILO)とパートナーシップを締結し、労働改革はこの数年でかなり改善されました。
もちろん、これまでの慣例がすぐになくなるわけではありませんが、W杯をきっかけに、国が大きく変わろうとしているのは事実です

日本は戦後、東京オリンピックで先進国への仲間入りを印象づけようとした。カタールにとってW杯は、まさにそれと重なる意図があるといえる。

カタール代表チームの活躍は? そして「アフターW杯」の変化に注目

W杯が行われる「カタール」はどんな国? スポーツで先進国を目指す戦略とは

「サッカーW杯によって“見える化”したカタールへは、労働問題の他、性的マイノリティの扱われ方などをめぐって特に先進国とされる国から厳しい眼差しが向けられています。『遅れた』カタールというイメージが先行しがちな状況で、カタール代表チームがどのような頑張りを見せるのか私も注目しています。
また、ワールドカップ後にカタールという国がどういう『捉え方』をされるようになっていくかには関心を持っています。同時に、日本でどう報道されて、日本が持つカタールのイメージがどう変わるのか。スポーツを通じた国家戦略は日本も含めて行っていますが、果たしてどこまで効果があるのかというところを、冷静に見なければいけないと思っています」

いよいよ開催が迫る、カタール大会。背景にある国家戦略も踏まえながら、中継にも映るであろうカタールの街並みや文化にも注目していきたい。

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立命館大学 産業社会学部 松島剛史准教授

松島剛史

埼玉県生まれ。立命館大学産業社会学部スポーツ社会専攻 准教授。博士(社会学)。専門はスポーツ社会学。スポーツがどうして世の中に浸透しているのかという素朴な疑問から、ラグビーを中心に研究をしている。主な著作に“From the 2019 Rugby World Cup to Tokyo Olympics and Paralympics; Nationalism and Diversity”Challenging Olympic Narratives, Japan, the Olympic Games and Tokyo 2020/21,(Ergon,2021)など。