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MLBエンジェルス大谷翔平選手の筋肉の凄さとは? SHO-TIMEをスポーツ科学の視点で検証してみた

2021年9月24日




2021年9月初旬の時点で、MLBホームラン首位を走る大谷翔平選手。日本人ながらMLBのトッププレーヤーと遜色ない肉体を誇り、アメリカ人をも驚愕させる特大ホームランを連発している。大谷選手の活躍の源泉である彼の筋肉・肉体の凄さとは? スポーツ科学の視点で読み解いていこう。

〈この記事のポイント〉
● 極めて高いパワーと、微妙な出力コントロールが可能な大谷選手の筋肉
● 筋肉量だけでなく、左右の筋肉バランスが重要
● 左右の筋肉バランスが崩れると腰痛などの原因に
● 筋肉のバランスを保つ緻密なトレーニングが故障を抑える
● 大谷選手の活躍が、競技の新たな可能性を拓く

強烈なスイングスピードと正確なバットコントロールが飛距離を生む

私事で恐縮だが、筆者の2021年の一番の楽しみは、MLB ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手の活躍である。恐らく多くの野球ファン、スポーツファンの方も同じだと推察するが、現地アメリカの野球ファンたちもまた大谷選手の活躍に大いなる関心を寄せているのを見ると、非常に誇らしい気分になる。
本場のメジャーリーガーをも凌ぐ打力、投手力、走力。それを可能にしている彼の肉体には、いったいどんな秘密があるのだろうか。立命館大学スポーツ健康科学部でバイオメカニクス(生体力学)、スポーツトレーニングを専門にする伊坂忠夫教授に聞いた。

まずは、SHO-TIMEとも表現される、彼の特大ホームランだ。打った瞬間に“入った”とわかる、豪快なアーチを科学的に見てみよう。

飛距離は主に、ボールの初速度と角度、この2つによって決まります。他にもボールの回転や空気抵抗なども関係しますが、影響は小さなものです。
1つめの『初速度』を高めるためには何が必要か。それは極めて高いスイングスピードです。当然、そのパワーを生み出す原動力は筋肉・筋力になりますので、並外れた筋肉を持っていることは間違いありません。
次にホームランに最適な『角度』を生み出すためには、ボールをバットの適切な位置で捉えることが必要になります。ボールの直径は7.2センチほど、バットは6.7センチありますが、どちらも曲面で構成されています。最適な角度を生み出すバットのインパクト位置は“スマホの厚さ”くらいしかありません。剛速球や変化球に対して、極めて精密なコントロールをするわけですから、あらためて大谷選手の凄さが想像できるのではないでしょうか」(伊坂教授、以下同じ)

二刀流は「分子顕微鏡の精度を持ちながら、天体望遠鏡にもなる」ようなもの

大谷選手の場合、その豪快なホームランと同時に、投手として10勝に迫る(9月17日現在)投手力も大きな注目を集めている。これまでアニメの主人公にしかなし得なかったような、「二刀流」である。彼の高い勝率を支える、時に160km/hを超える球速や、落差の大きいスプリットは、筋肉の専門家にはどう映るのか。

立命館大学スポーツ健康科学部 伊坂忠夫教授

「あれだけの球速を投げるためには、大きな動力源が必要です。軽自動車のエンジンでキャデラックを満足に走らせることができないのと同様、相当巨大なエンジン=筋肉を持っているということになります。しかも、打席では小さいインパクト位置を正確に捉え、投球では微妙なコントロールを実現する繊細な出力調整をしています。
簡単に言えば、「分子顕微鏡の精度を持ちながら天体望遠鏡にもなる」ような、極めて適用範囲が広い高度な筋肉を持っているということになります」

もちろん実際に大谷選手の身体を調べることはできないが、我々が見ても一目瞭然なように、彼は非常に均整の取れた肉体を持っていることは間違いない。しかしそれだけでは、前人未踏の二刀流を高いレベルで実現していることの説明にはならない。続いて、ユニフォームの中の筋肉について考察していこう。

右投げ左打ちの二刀流が、高いトータルバランスの背景に?

「大谷選手を見ていると、トータルプロポーションが優れているのが一見してわかります。アスリートとして、とりわけ野球選手として必要な筋肉が十分に発達しており、しかも非常にバランスよく付いています
我々は、野球選手の投打の左右差(回旋方向の違い)によって、筋肉の発達にどのような違いがあるのかという研究を進めています。それによると、『右投げ左打ち』など、投打を左右で使い分けているほうが、筋肉のバランスが取れることがわかっています

磁気共鳴画像(MRI)による体幹部の解析画像(伊坂研究室データ)
大学野球選手を対象とした体幹筋サイズの左右差の結果(伊坂研究室データ)。大学野球選手の投打逆側選手では,体幹筋サイズに明らかな左右差が認められなかったが、投打同側選手では大腰筋や脊柱起立筋、多裂筋に左右差が認められた。

「例えば、我々の大学野球選手を対象とした研究では、投打同側選手(例えば、右投げ右打ち)の大腰筋、脊柱起立筋、多裂筋の筋断面積に左右差が認められるのに対して、投打逆側選手(例えば、右投げ左打ち)ではこれらの体幹筋サイズに左右差が認められないことを明らかにしています。注目すべき点として、大腰筋、脊柱起立筋、多裂筋のような体幹筋サイズの左右差は腰痛のリスクになるということです。この結果を考慮すると、『右投げ右打ち』の選手では、投打ともに同じ回転軸方向に体を回すことで体幹筋のバランスが崩れやすいのに対して、大谷選手のような『右投げ左打ち』の選手では、投打が逆の回転軸方向に体を回すことで、体幹筋のバランスを保ちやすいプレースタイルといえるかもしれません。
腰痛があると、内在的に位置感覚が悪くなるという報告があります。したがって、腰痛があると打撃中のボールに対する位置感覚がずれる可能性も考えられます。大谷選手においては、体幹筋の左右のバランスが良く、位置感覚が安定していることで、投打に驚異的なパフォーマンスが維持できている可能性もあります」

とはいえ、右投げ左打ちの選手は数多くいる。大谷選手は何が違うのだろうか?

「体の回転運動は、先ほどの背筋(多裂筋と脊柱起立筋)のほか、お腹や脇腹にある腹直筋や腹斜筋を連動させて実現しています。それに加え、大谷選手の場合は下半身を安定させる筋力も極めて大きなものがあります。左バッターとしてバットを振る際には、右足の太ももに大きな力がかかります。一方、ピッチャーとして右投げで投球するときは、左足で踏ん張る形になります。
特大ホームランを担う右足と、160km/hの速球を生み出す左足がうまくバランスして、下半身においても高い筋力と左右バランスを両立しているのではないかと考えています」

未来のプレイヤーの可能性を広げる活躍の裏には緻密なトレーニングある?

日本のプロ野球に比べて20試合以上も試合数が多いMLBで、バッターとピッチャーを続けている大谷選手。しかも、ホームラン数、勝利数ともにトップクラスを誇る活躍は、にわかには信じられないレベルであり、シリーズ中にも関わらず“伝説的だ”という評価も数多く見られる。恵まれた体格と筋肉があったとしても、それを維持するのは容易ではない。

「試合に出ているだけでは、筋力レベル、筋肉量レベルとも維持できないことは間違いありません。オフの日はもちろんのこと、試合の日でも一定のトレーニングをやっているはずです。上半身と下半身、右と左のバランス、細かな筋肉のメンテナンスなど、相当うまくやっておかないと、あのレベルの活躍をシーズン通して続けていることは、説明できないと思います。
我々研究者にとっては、本当に興味深い肉体ですから、全身くまなくMRIで見せていただきたいし、瞬発力や各身体部位の筋力なども細かく測定してみたいですね(笑)」

研究者として大谷選手の肉体への探究心も尽きないが、筋肉量のバランスの崩れから起こる故障リスクについては多くのスポーツ愛好家にとっても関係の深い話題だろう。

「必ずしも右投げ左打ち(投打逆側)を推奨する訳ではありませんが、我々の研究室のデータでは、中学生期の野球選手において、既に投打同側選手の体幹筋に左右差が現れることを明らかにしています。
そのため、右投げ右打ちのような投打同側選手では、体幹筋の左右差が生じないような日々のメンテナンスが重要かもしれません。このような若年期の選手ならびに指導者は、野球のパフォーマンスや技術の向上に主眼を置くのではなく、それらと併せて、怪我や故障のリスクを軽減できる身体を創造するトレーニングやコンディショニング、メンテナンスの重要性に目を向けていただきたいと思います」

故障のない身体づくりは、人生100年時代のスポーツのカギ

伊坂教授は大谷選手が現実のものとした「これまで考えられなかったプレースタイル」がもたらす影響の大きさも指摘する。

「大谷選手のようなスター選手の活躍は、スポーツ界全体にとっても非常にいい影響を与えると思います。ハイレベルな二刀流という新しい境地は、『きちんとトレーニングすれば、そのようなことも可能なのだ』というロールモデルになるものです。
これまで不可能だったことが可能になった。それは、野球だけでなく、ほかのスポーツにおいても人々を鼓舞しているに違いありません。
また、彼が故障しない体づくりを強く意識していることは、プレーからも推測できます。トレーニングにも相当気を遣っているでしょう。私の希望としては、ぜひ長くMLBで活躍してもらいたいですね。40歳を超えてもまだホームランを打ったり、最年長でピッチャーとホームランバッターとなったりするような活躍を期待しています。
そのような活躍によって、人生100年時代のシニア世代のスポーツの楽しみ方が変わっていくことも期待しています

いよいよ2021年シーズンも終盤にさしかかっている。ホームラン王は? MVPは? 世界の期待を一身に背負って戦う大谷翔平選手の、さらなる活躍を期待しよう。

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伊坂忠夫

立命館大学卒業後、日本体育大学大学院体育学研究科修士課程から同大学助手などを経て、1992年、立命館大学理工学部助教授。その後、ジョージア工科大学、テキサス大学の客員研究員、日本オリンピック委員会強化スタッフなどを務め、2010年より、立命館大学スポーツ健康科学部 教授。

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