人類共通の大きな課題の一つといえば、気候変動問題だろう。
この問題に対して、ポジティブなインパクトを与えると期待されている、スタートアップがある。燃やさず、埋め立てもせず、微生物によって、生ゴミを水と二酸化炭素に分解する、独自のテクノロジーを提供するkomhamだ。
しかもkomham創業者の西山すのさんは、研究者でもなければ経営者でもなく、PRからの転身というから驚かされる。一体どうやってこの事業にたどり着いたのか。komhamの事業を通じて何を実現したいのか。
「ただの社会活動で終わらせたくないんですよ」
「ミラクルですよね」
「めちゃくちゃ運がいいんです」
「小さくまとまりませんよ」
率直な物言いでインタビューに答える彼女から見えてきたのは、無理なく真っすぐに正直に。個性や能力を存分に生かして社会をより良い方向へと変えていこうとする、これからの時代の起業家の姿だった。
「ただの社会活動で終わらせたくない」が、創業の想い
──komhamの事業を知れば、「地球に暮らす全ての人に対する発明」とすら感じますが、改めて、何をやっている会社か教えてください。
コムハムという独自開発した微生物群を使って、腐敗する前に生ゴミを水と二酸化炭素に変える、バイオマス処理システムを提供しています。もっとわかりやすく言えば、早食いや大食いが得意な微生物を集めてスクラムを組ませて、電力を使わずに生ゴミを処理できる技術を、つくって販売しているスタートアップでしょうか。
会社を設立したのは2020年の1月と、本当に始まったばかりの小さな会社ですが、2021年7月には立命館ソーシャルインパクトファンド(RSIF)から5,000万円の資金調達を実施し、自社ラボを開設したところです。
事業を拡大せず、狭く深く探究するビジネスのスタイルもあるとは思いますが、環境に関わる事業を起こす以上、世の中に対するインパクトの大きさは絶対に必要です。だから会社は大きくしたい。というのも、これまで環境に配慮した行動というのは、生活者の金銭的余裕と精神的余裕に依存しているものだったと思うんです。つまり、限られた人しか取り組めないことだった。でも今、環境問題は国を挙げて取り組むレベルになっています。こうなったら、全国民に認知してもらって参加してもらわない限りは、ただの奇麗ごとで終わってしまうと危機感を持ちました。
私、ただの社会活動で終わらせたくないんですよ。そうなると、komhamのことを広く知ってもらわないといけない。結局、売り上げも必要だし、会社としての社会的信用も必要。世の中に対するインパクトは売り上げとして返ってくるはずなので、ニッチな方向には行かないと決めています。これだけが唯一、社員にも徹底しているルールですね。
バイオ領域はやり方次第。自分が研究者じゃなくても、勝ち筋はある
──西山さんは大学卒業後、親を納得させるためにと名前の通ったアパレル企業へ就職。しかし「人をワクワクさせる人になりたい」という気持ちが捨てられず、PR職に転身されたそうですね。そして、憧れだったというクリエーティブ集団「PARTY」でPRを経験したのち、フリーランスでもPRをされていた。なぜそんなに思い入れのあったPR職を離れて、異業種のkomhamを創業したのですか?
父が大きい病気をしたことがきっかけです。父はkomhamと全く同じ事業をしていたんですが、父が死んだらこの事業は終わりになる。環境に良いことをしているのに、もったいないなと思ったんです。
PRの仕事は、自分が仕掛けることで世の中が動く感覚があって面白かったけど、PRだけでなく経営の内情を知る立場にもなって、自分が動くことで世の中が動いてるなんて、自己満足でしかないなと思うようになったんです。スタートアップの成長スピードは面白いし、社会への影響度合いはものすごく大きい。これらをサポートじゃなく当事者として味わいたいと思ったとき、身近に父の事業の技術があった。技術を受け継いで発展させようと思いました。
──とはいえ、西山さんは研究者でもない。バイオ領域での起業に躊躇はありませんでしたか?
ありませんでした。バイオ領域はやり方次第だなと思っていたんですよ。というのは、研究職の人たちは「研究者の言葉」で話しがちなんです。専門用語も多いし、普通の人にはわからないことが多いんですよね。komhamよりも世の中のためになる会社はたくさんあるけど、全然伝わっていないことを知っていました。
だからkomhamが、世の中に意義や実績なんかの情報をきちんと伝えることができれば、可能性がある。成長性や社会的意義という意味では絶対に勝てないと思ってきた、エンジニア上がりの社長がつくるテック系企業にも勝てるんじゃないかなと思ったんです。
経営経験も研究経験も資金も無い、でも運はある
──西山さんの起業は「無い」が目立つことが大きな特徴です。経営経験も資金も無かった、バイオ系企業だけれど自身は研究者でもない。さらには、研究者の知り合いもいなかったそうですね?
そうですね。研究者って一体どこにいるんだろうと思っていたくらいです。仲のいいエンジニアの友達に相談したら「結局、経歴や本人の希望含めてぴったりの人なんていないと思うから、まずは学会に顔を出して、そこからつないでもらうのがいいんじゃないかな」とアドバイスされたんですね。
それで、すぐに日本土壌微生物学会の役員や委員に名前が出ている教授に片っぱしからメールしたんです。「生ゴミを微生物で分解するような事業をやっていて、すでに実績はあるけれど、エビデンスがないと事業展開・グロースが難しいので手伝ってもらえませんか?」と。
そうしたら3〜4人から返事がきたんですが、返事は共通していて、「微生物の組成がわからないと自分たちは何もできないから、受託で調べてくれる会社に頼んでみるといいと思います」とのことでした。「国内で微生物といえば、有名な会社はここですよ」と教えてくれる人もいたので、早速その会社に問い合わせました。別に失うものなんてないんだから、とにかくすぐに行動することですよね。そうやって道を開いてきました。
──起業にあたっての「無い」話についてうかがいましたが、逆に「あった」ことはなんですか?
運ですね。私、めちゃくちゃ運がいいんです。特に、人との出会い。
微生物の組成を調べる流れで、「国内で有名な会社」に問い合わせたとお話をしましたが、実はそのときの担当者がkomhamの社員第一号なんです。当時、事情を説明したら、「ラボをつくった方がいいと思うけど、僕、どうでしょうか?」とか言い出して。求人を出すこともなく研究者のリクルーティングに成功するという、ミラクルがありました。こんな展開、漫画みたいですよね。
それから、2021年10月から渋谷区でゴミ減少の実証事業が始まっていますが、渋谷区には全く縁は無かったんですよ。でも、たまたま知人の中に恵比寿に縁深い方がいて、「恵比寿ガーデンプレイスの前にある、加計塚小学校でトライアルをしてみたらいいよ」と提案してくれたんです。この提案が起点になって、今につながっています。改めて、人との出会いにすごく恵まれていますね。
単なる出資を超えた、立命館学園との縁
──人との出会いだけでなく、ファンドとの関係にも特徴があるようですね。西山さんは立命館学園の高校・大学の出身者。立命館ソーシャルインパクトファンド(RSIF)からの出資については、どんな経緯があったのですか?
ほぼ全ての金融機関が相手にしてくれなかった中で、RSIFは出資を申し出てくれました。しかもRSIFの場合は、ラボをつくることを決心する前から、「お金を出しますよ」と言ってくれていたんです。今はIPO(株式公開)をすると腹をくくっていますが、出資を受ける当時はそこまで考えていなくて。本音を言えば、とにかくラボをつくるためのお金が欲しいというくらいだった。そんな状況のときにRSIFからはなんと「IPOしなくてもいいですよ」と言われました。そんなファンド、普通はありませんよね。
「自分たちは、立命館学園の教育を受けた人たちが、世の中にどうやって出ていってどんな活躍をしているのか。それを見届けるためにお金を出す。そこに価値を感じてるんです。もちろん、プロの投資家としてリターンがゼロにならないようには投資するけれど、ものすごいプラスを求めてるわけではないから」と。
謙遜じゃなく、私って優等生からは程遠い生徒だったんです。だから、こんなふうに出資を受けるような対象とも違うような気がしていました。でも、優等生じゃなくても、立命館学園で成長してきたからこそ、今がある。だから、お受けしようと思いました。RSIFに損をさせないことは当たり前で、立命館学園の学生さんたちに、損得では計れない、ドキドキやワクワクを返していくと決めています。私なりの恩返しです。
──優等生じゃなかったとのことですが、学生生活を通じて得たことで、今につながっていることはありますか?
没頭して悪いことはないっていうことでしょうか。普通の公立中学から、立命館慶祥高等学校に入学したんですけど、すぐに英語にのめり込んだんですね。最初は全然できない下位のクラスだったけど、最終的には帰国生と一緒のクラスにまで上がっていけた。先生は、英語が好きならと海外に行く方向性も一緒に考えてくれました。数学が好きだからと、授業のカリキュラムを別に組んでもらっていた友人もいます。学校として、生徒が没頭できる環境をつくってくれていたからこそ、私の英語力は伸びたんです。実体験として、没頭して悪いことはないと心底思えているので、例えば起業してお金がなくて大変だという状況でも、没頭して続けていればどうにかなるんじゃないかと思えます。
あと、有名だとか肩書があるとかで、人を判断しない人間に育ちましたね。高校時代からずっと、先生や職員さんとの付き合い方がフラットだったんです。このポジションについている人だから敬わなければいけないというよりも、どういう考えを持っている人なのかが重要だと理解しています。今は、お金を持っている人や社会的地位が高い人と会う機会も多くなりましたが、誰とでもフラットな目線で話ができます。没頭するとか、誰とでもフラットにというカルチャーは染み込んでいますね。
当たり前にコンポストがある世の中を目指したい
──設立から1年、komhamの今後の展望を聞かせてください。
街中にコンポストがある世の中にできたらと思っています。現在取り組み中の渋谷区をロールモデルにして、その他のエリアにも広げていったり、マンションの標準設備としてコンポストが設置されるよう、不動産ディベロッパーへも働きかけたりなど、仕掛けは始めていますけどね。
それから、コンポストの設置先が増えれば、街やユーザーの使用頻度のデータなんかも蓄積できるので、新たな指標にできればいいな、と思っていますね。環境に配慮している人たちのデータベースみたいなものを、企業の新たな指標として導入できれば最高です。
今は例えばSNSのフォロワー数が多いかどうかや、タレントさんの影響力なんかが、マーケティング上の重要な指標として見られていますけど、全く別の新しい指標をつくり出せたらいいですね。
私はPR出身なので、他の仕事をしている人よりも、嘘じゃない程度に情報を加工して拡散させることは得意なんです。過去にそうやって、注目を集めることで消費を加速させてきたという認識もあります。でも、komhamではそういうことは絶対にしない。komhamは、地に足をつけて事実をきちんと発信します。その上で改めて、ニッチには行かない。小さくはまとまりませんよ。
撮影/岡崎健志(2・6枚目以外)、取材・文/伊勢真穂、イラスト/WAKICO、ビジュアルディレクション/岩﨑祐貴
※本記事の撮影は、新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大予防対策として、出演者・撮影スタッフの体調管理、撮影現場でのマスク着用、撮影現場の換気、ソーシャルディスタンスの確保などを行ったうえで実施。撮影時のみマスクを外しています。
西山すの
北海道苫小牧市出身。立命館慶祥高等学校卒業後、立命館アジア太平洋大学(APU)を卒業。大手アパレル会社に入社し、その後PR会社やゲーム会社の広報職を経験。クリエーティブラボ『PARTY』にPR職として入社後、フリーランスを経て、2020年にkomhamを創業。2021年10月からスタートした、渋谷区のゴミ減量実証事業に参画。渋谷区ふれあい植物センターや東急プラザ表参道原宿など、渋谷区内にコムハムコンポストが設置されている。