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【座談会】シン・カレー論――スパイスへのあくなき欲望を紐解く

2021年7月29日


カレーの前で不思議そうにしているNegiccoのMeguさん

国民食としての揺るぎない地位を保ちながら、次々と新たなムーブメントを生み出している「カレー」。外食が制限される状況においても、雑誌の特集やSNSなどで依然盛り上がりは続いている。私たちはなぜこんなにも、カレーに惹かれるのか? そして、カレーをおいしく感じる理由とは? そこには、人の心理や認知、日本ならではの文化背景が関係しているのでは…? そんな予測のもと、カレーの奥深い魅力を解明すべく座談会を開催した。

聞き手として参加してくれたのは、数々のメディアでカレー愛を語っている新潟県のアイドルグループNegiccoのMeguさん。「大好きなカレーのことをもっと知りたい!」というMeguさんが、立命館大学食マネジメント学部の和田有史教授、國枝里美教授、保井智香子准教授の3名に、気になる疑問を投げかけた。

今回の座談会に参加するメンバー4名の顔写真とお名前
今回の座談会に参加する食マネジメント学部の教授陣とNegiccoのMeguさん(以下、座談会中では敬称略)

京都・二条のカレー店「森林食堂」でカレー談議

カレーを語り尽くすなら、まずはカレーを食べないと! ということで、4名に集合してもらったのは、京都・二条のカレー店「森林食堂」。カレー好きから「京都を代表するカレー店」としてたびたび名前があがり、行列ができることも多い人気店だ。

京都二条のカレー店「森林食堂」のカレーの写真
「森林食堂」のカレー。今回いただいたのは、猪カレー、蓮根カレー、吟醸豚のキーマ、キーマほうれん草のカレー、塩豚チャナダルカレーの5種盛り合わせ

「最小限のスパイスで最大限の旨さ」を追求し、ストイックに作られるあいがけカレーは、スパイスや具材の風味が引き立ち、洗練されていながら親しみやすい独自の味わい。カレーの奥深さを再認識してもらうべく、今回は色とりどりの5種類のカレーを4名に試食してもらった。

カレーの前で手を合わせているMeguさんの写真
カレーを前に嬉しそうなMeguさん

カレーブームを牽引する人気店のカレーを味わったところで、いよいよ本題へ。

カレーは私たちにとって「都合のいい」刺激である

Megu:実はカレーって私の勝負飯なんです。ライブ前にカレーを食べるのをルーティンにしていて。カレーを食べるとなぜかその日のライブは調子がいいし、体調もよくなる気がするんですよね。

それがきっかけで、どんどんカレーの魅力にハマってしまって(笑)。 いまはコロナ禍で行けてないですが、以前は多いときは週3でカレーを食べ歩きしていました。お仕事でご一緒するミュージシャンにもカレー好きの方が多いので、よくカレー談議で盛り上がっていましたね。

カレーって、なぜこんなにも繰り返し食べたくなるのでしょうか?

國枝(専門:食品の香り)「刺激がある」というのが、繰り返し食べたくなることにつながっていると思います。

座談会に参加する國枝教授の写真

以前、「クセになるってどういうこと?」という研究をしたのですが、カプサイシンのような刺激物が食品にちょっと含まれていると、食べたときの「満足感」に影響が出ることがわかったんです。

強すぎる刺激だと驚いてしまうけれど、自分にとって都合のいい刺激だと脳が心地よく感じて、「また食べよう」「もっと辛くしよう」って思ってしまう。

カレーは一種のマゾヒズム。辛いからこそ欲しくなる

和田(専門:食の心理学):辛さというのは、味覚じゃなくて皮膚でも感じられる体性感覚なんです。例えば、いま話に出たカプサイシンは「熱くて痛い」感覚をもたらすもので、それが口に入ると「辛い」という味になる。痛みの感覚だから、本来動物は好きな感覚ではないんです。

でも、人間の場合は苦しいことに快感を感じる人もいます。例えば、サウナ。サウナに入って汗をかいて苦しんでから外に出ると、呼吸が解放されて心地よく感じますよね。

それと同じで、辛いものを食べて苦しんで、食べ終わると苦しみから一気に解放されて心地よさと幸せを感じる。安心だとわかっているから、痛みや苦しみのスリルと、そこからの解放を求めてどんどん辛さを求めていくんです。

一種のマゾヒズムみたいなものですね。それが、いわゆる「やみつき」の状態につながっているといわれています。

座談会に参加する和田教授の写真

Megu:苦しみからの解放を求めている…。たしかに、その傾向はあるかもしれません。辛いカレーに挑戦するときって「もう無理だ」と思いながらも、ゾーンに入ることがあって(笑)。もっと辛くてもいけちゃう気がするんです。

國枝:「辛い」は英語で「HOT」というように、最初はカッと熱くなる。でも、そのうち汗が出てクールダウンにつながっていきますよね。こういう経験を積むうちに、脳が辛さを心地いいものだと感じて「また食べよう」「もっと辛くしよう」って思ってしまう。子どもの頃は辛いものが食べられなくても徐々に辛さに慣れていき、「たくさん食べても大丈夫」と思えるようになっていくのはこのせいなのかもしれません。

その点では、繰り返し食べたくなる仕組みができあがっているとも言えるのではないかと思います。

ビッグデータからも見えるビジュアルのトレンド

Megu:昔はカレーといえば、家で食べるシンプルなカレーというイメージだったんですが、ここ数年はスパイスを使った多種多様なカレーがどんどん登場していますよね。南インドの「ミールス」や、森林食堂のカレーのようなあいがけスタイルなども人気ですし。個人的に最近はスリランカカレーが気になっています。

ここ最近のブームが生まれた理由は、どこにあるんでしょうか?

森林食堂のカレーの写真
ルウとごはんの色、付け合わせのピクルス、レモンなど、色合いが幾重にも重なる森林食堂のカレー

和田:森林食堂のカレーも、色鮮やかなあいがけですよね。この色合いの幅広さこそがいまのカレーブームの秘密なんじゃないか、というのがビッグデータから見えてくるかもしれません。

昔ながらのカレーって、煮込み料理だから茶色い印象ですよね。ごはんは白くてシンプルだし、色合いといえるのは、せいぜい福神漬けが付いてるくらい。でも、最近はあいがけされていたり、トッピングでハーブや野菜がのっていたり、ごはんに色が付いてたりして、見映えがすごくいい。さまざまな風味や食感を予感させてワクワクします。

SNSで「#スパイスカレー」を画像検索してみてください。色とりどりのカレーの写真が出てきます。これらの画像データを解析すれば、昔よりいまのほうがカレーのひと皿に入っている色の幅がものすごく広がっていることがわかるでしょう。

Instagram上に「#スパイスカレー」を付けて投稿されている写真の一例
編集部が確認したSNS上の写真。「#スパイスカレー」を付けて色とりどりのカレーが投稿されている

カラフルなカレーは食欲を刺激する

Megu:最近は写真映えする、色鮮やかなカレーが多いですよね。

和田:そこにブームの秘密があって。というのも、いろいろな色が目に飛び込んでくると、人の目はおいしそうに感じるようにできているんです。

光の三原色のうち、赤と緑は食品に多い色です。赤と緑の波長を混ぜてできる黄色も食品に多い色ですね。一方で、青は食品には少ない色です。こうした違いを見分けて食べ物にありつくために、霊長類の目は赤や緑を区別しやすいように発達してきました。鮮やかな緑や赤は自然と目をひきます。

光の三原色の図

つまり、色鮮やかなカレーが増えてきたというのは、人間の色彩感覚の進化を考えれば自然の流れなんです。私たちは本能的な部分でカラフルなカレーを求めている。それが加速することでどんどんカラフルになってきたのかなと。

Megu:たしかに、シンプルな色の料理よりは、カラフルな料理のほうが「これはどんな味だろう」って食べててワクワクするし、いろいろ味わえて楽しみが広がりますよね。

國枝:料理の見た目を気にするのは世界を見ても日本が断トツですよね。和食は素材の良さを引き出して、彩りを豊かにする料理ですし。

和田:和食の料理人に話を聞くと、赤と緑を対比させるといった盛り付けのセオリーがあるらしいんです。料理の色合いを意識するというのは、日本に昔から根付いてきた文化なんですよね。

Megu:なるほど。日本でカレーが独自に進化してきたのは、和食文化の影響もありそうですね。

座談会に参加する保井准教授の写真

保井(専門:栄養・健康スポーツ):見た目に関して栄養面からいうと、色合いで選ぶというのは一つの正解かもしれません。栄養の知識を知らなくても、緑、赤、黄色と彩りを意識するとさまざまな栄養素が摂れるんです。緑の食材からはビタミンA(βカロテン)やビタミンC、トマトの赤からはリコピンが摂れますね。

昔ながらのカレーのように煮込むのもいいし、スパイスカレーのように食材をトッピングしていく方法も、栄養を積み重ねられるのでいい食べ方だと思います。

Megu:色がたくさん入っていれば必要な栄養が摂れるというのはわかりやすいですね!

失敗しない「簡単さ」と、ゴールの無い「深さ」の両立

Megu:いろいろなお店を巡ってカレーを食べていると、だんだん「こうしたらもっとおいしいかも?」とインスピレーションが湧くことがあって。この前、カレー好きの方に相談したら、「そう思ったら自分で作るしかない」って言われました。「突き詰めると、自分で作るようになるんだよ」と(笑)。

座談会に参加するNegiccoのMeguさん

國枝:そう言われて、すぐにトライできるハードルの低さもカレーならではの特徴ですよね。

カレーは究極的に言えば、失敗しない料理。多くの日本人が一度は作った経験がありますし、カレーのルウを使えばどんな食材を入れても簡単にカレーとして成立します。

保井:簡単に作れるから学校行事のイベントでもたいていカレーが出てくるし、カレーが出てくると子どもたちは大喜びしますよね。「楽しいイベントでみんなで食べた」という共通の記憶があるから、「カレー=ごちそう」というのが日本人にすり込まれているのだと思います。

Megu:ごちそう感、ありますよね。親しみやすい料理だから、あまり詳しくなくても自分で作れそうな気がします。

國枝:でも、自分で作り始めるとだんだんカレーの奥深さに気付いて、ハマってしまう(笑)。食材やスパイスを微妙なさじ加減で扱うことで複雑な化学変化を楽しめるから、自分なりにこだわりを極めたくなるのかなと。

例えば、トロトロに煮込めば素材の味を目立たなくすることもできるし、逆に、食感を残すこともできる。あとから炒めた野菜をのせることもできる。自分の思った通りにアレンジできるという点で奥深い食べ物だと思います。

あと、味変が無限大なこともハマりやすい理由かもしれません。スパイスにはいろいろな機能があって、辛さを出すスパイスだけでも唐辛子、生姜、ニンニク、ブラックペッパー、山椒などがあり、みんな風味や刺激が違う。そこに、香りを出すスパイス、色付けするスパイスを組み合わせて、お店独自の味、家庭独自の味が生まれます。

さらに、スパイスを入れるタイミングや火加減、その日の気温や湿度によっても味や香りは変わってくるので、味の変化が本当に無限なんです。

Megu:カレーってお店ごと、作り手ごとにまったく個性の違う食べ物になりますよね。作る人のこだわりというか、人柄が垣間見えるというか。だから、いろいろなお店のカレーが食べたくなるんですよね。

カレーの隠し味は、マニア心をくすぐる「裏設定」

和田:カレーはスパイスの加減でいろいろな味を作れるから、面白いですよね。もっと言うと、隠し味を入れて秘密を作れることがマニア心を刺激する。裏設定みたいな。「もっとクローブ入れたほうが好み」「フルーツ入れてみたらおいしかった」とかね。

作る側はいろいろ工夫しがいがあって、いろいろな方向に凝ることができる。自分なりのこだわりを表現しやすいんです。

それに対して食べる側は、裏設定を含めて「実はこのカレーってさ…」と誰かと語り合うことが楽しみの一つですよね。「今日の味はこの前食べたものと味が違う」「実はこのスパイス使ってるらしいよ」とか。語ることがたくさんあって、とことん極めたいマニアの欲求を満たしてくれるんです。

座談会に参加する和田教授の写真

Megu:カレーってミステリアスな部分がありますよね。誰かと語り合いたいというのはすごくわかります! お店の人に何を使っているか聞くのも楽しいですし。食べるたびに「もっと知りたい」って思います。

おいしさを超えた、深い充足を与えてくれる

Megu:カレーを食べるとなんとなく元気になる、気持ちが満たされるというのはいままで感じていたのですが、今日はその理由が少しわかったような気がします。

改めて、カレーの魅力って、食べ比べる、オリジナルを極める、語り合うなど、いろいろな楽しみ方ができることなんだなと思いました。すごく自由だし、こだわりたい部分がたくさんあるって、本当に奥が深いですね。

座談会に参加するNegiccoのMeguさん

保井:食事をするとき、私たちは「おいしい」という言葉を3回使うんです。料理を見たときに「おいしそう」。食べながら「おいしい」。食べ終わって「おいしかった」。この3回の「おいしい」をみんなと共有できると、ハッピーな気分になる。

カレーの場合は共通の思い出や話題も多く、「あの時のあのカレー、おいしかったよね」と話が弾みやすい。みんなが笑顔になる食べ物ですよね。

和田いまのカレーは数ある料理の中でもとくに五感を刺激する食べ物ですよね。見た目が鮮やかで、香りや味わいが複雑で。ひとくくりにカレーとまとめてしまうのが難しいほど、多様性がある。

食べるという行為は基本的には栄養摂取ですが、それだけでは生きていて楽しくない。やはり快楽を楽しむ嗜好品という側面もあると思います。

そしてこれは、フランスのワインと味覚教育の先駆者、ジャック・ピュイゼ氏のおっしゃっていたことなんですが、五感をフル動員して味わうことは、「自分と向き合うこと」につながる。つまり、その場の欲を満たす快楽にとどまらず、自分自身の存在の「充足」にもつながっているということです。そういう意味で、私たちはカレーからさまざまな風味や食感を見出すことで食の喜びを感じ、深い充足を得ているといえるのかもしれません。

* * *

西洋料理とともに日本に伝わったカレー。ルウの登場で家庭の定番料理となり、いまでは個性豊かな専門店が各地で切磋琢磨している。さらに、ステイホームという状況からレトルトカレー人気が加速するなど、進化はとどまるところを知らない。

この先もきっと進化は続き、私たちが求めるものも変わっていく。しかし、どんなに時代は変わろうとも、カレーは私たちに食べる喜びを与え続けてくれるに違いない。

 

撮影/岡崎健志、構成・文/村上佳代、イラスト/新井リオ、図版デザイン/岩﨑祐貴、撮影協力/森林食堂

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NegiccoのMeguさんの写真

Megu

新潟出身。新潟のアイドルグループNegiccoのメンバー。カレー好きで知られ、「CURRY RICE RECORDS」という架空のレーベルでオリジナルグッズをリリース。カレーの食べ歩き写真をたびたびSNSにアップしているほか、カレーイベントでのゲスト出演も多数。いま気になっているカレーは、スリランカカレー。

國枝里美教授の写真

國枝里美

立命館大学・食マネジメント学部 教授。専門は官能評価(匂い、食品、香粧品)、匂いの生理心理効果、消費者調査。「日本味と匂学会」「日本官能評価学会」「においかおり環境学会」に所属。食品開発のためのフレーバーの官能評価および香粧品開発における匂いの生理心理効果などを主に研究している。

保井智香子准教授の写真

保井智香子

立命館大学・食マネジメント学部 准教授、管理栄養士、スポーツメンタルトレーニング指導士、健康運動指導士。専門は、健康教育、栄養教育、健康スポーツ科学。「日本栄養改善学会」「日本スポーツ栄養学会」「日本スポーツ心理学会」「日本健康体力栄養学会」などに所属。健康増進、スポーツと栄養に関する研究など、よりよい身体づくりを提案する研究に取り組んでいる。