猛暑も峠を越え、味覚の秋がやってきた。それと同時に多くなってくるのが、毒キノコによる食中毒事例。例年10月〜11月に、食中毒が特に集中すると言われている。キノコは知識がある経験者でも判別が難しいものが多く、むやみに摂取すると、最悪の場合死に至るケースもある。立命館大学 大学院薬学研究科で、キノコ毒の分析にもたずさわる井之上浩一教授に、注意点と最新の毒研究について聞いた。
● シイタケにそっくり!? ツキヨタケにご用心
● 人間はまだ、キノコのことをほとんど解明できていない
● 死に至る毒キノコが身近に生えていることも
● 毒を未来の薬に変える! 毒キノコの可能性
食中毒ナンバー1キノコ「ツキヨタケ」にご注意!
毒キノコによる食中毒は毎年発生しており、死亡例も少なくない。東京都福祉保健局が公開している「知っておきたい毒キノコ」によれば、毎年100人前後の人が食中毒にかかっているといい、その原因として40%を占めるのが「ツキヨタケ」というキノコだ。
「『ツキヨタケ』はブナなどの広葉樹に生えるキノコなのですが、私たちにも馴染みのあるシイタケや、ヒラタケといった食用キノコと誤認されることが多く、食中毒原因の4割強を占めています。毒成分である『イルジン類』の中毒症状は嘔吐や腹痛、下痢などで、食後数時間で症状があらわれます。
分析サンプルの採取などで私自身もツキヨタケを採ることがありますが、似たようなキノコが多数あるので判別は極めて難しいです。いくら図鑑を持っていたとしても、生育状況によって色や形が変わりますから。
近年、キノコ判定のアプリなどもありますが、私たちがネット上のキノコの写真を用いて、AI判定の研究したところ、正答率は約60%でした。おそらく、人間がどんなに頑張ってもその程度の正答率にしかならないでしょう。そうであれば、素人が図鑑だけの判断で摂取するのがいかにリスクの高い行動なのか、わかっていただけると思います」(井之上教授、以下同じ)
まだ未知のことが多いキノコの世界 食用とされているのは2%程度
日本には、約4,000~5,000種類のキノコが存在すると言われているが、一般的に食用とされている種類は100種類前後しかない。つまり、日本にあるキノコのうち、わずか2%程度しか食用になっていないともいえる。
一方の毒キノコは200種類程度が知られているが、未だに正確な数はわかっていないという。キノコの世界は未知であり、人間はそのごく一部と付き合っているに過ぎないのだ。
「毒キノコは主に、人が摂取した場合に有害なものと、触れた場合に有害が生じるものに分類できます。食中毒、つまり摂取による代表的な有害症状は頭痛、嘔吐、腹痛、下痢などですが、そのほかにも多くの症状があります。
たとえば、幻覚、二日酔い、けいれん、腎・肝臓不全、急性脳症など、その症状は多様でそのメカニズムも一概には説明できません。それどころか、現在もなお、その毒性成分やメカニズムもわかっていないことが多いのです」
公園に生えるキノコで死亡することも!? 内臓の機能障害を引き起こすドクツルタケ
2024年7月、長野県上田市で20代男性が自ら採取した毒キノコ(ドクツルタケとコテングタケモドキと推定)を食べて死亡する事故が発生した。実はこの猛毒のキノコ、意外にも身近に存在するのだという。
「ドクツルタケは真っ白く美しいキノコで、公園などにも普通に生えているケースがあります。誤って食べてしまうと、はじめは嘔吐や下痢を起こすのですが、その後いったん回復するんですね。ところが、その後1週間くらいかけて毒が肝臓や腎臓が繊維化してしまい、最悪の場合死亡することもあります」
SNSや動画の「ネタ」はもってのほか 安易にキノコを摂取するのは自殺行為!
「天然のキノコに関しては、何も知識がない人は『採らない』『食べない』『他人にあげない』が原則です。
最近ではYouTubeの動画配信などで『毒キノコを食べてみた!』のようなものがあったり、バーベキュー中に周囲に生えているキノコを食べてみるような、大学生などの若者が“その場のノリ”でキノコを安易に摂取するケースも見受けられます。しかし、いうまでもなくこれは非常に危険な行為です。ドクツルタケやニセクロハツのように毒性が高いキノコも多数あり、最悪の場合死に至りますから、絶対にやってはいけません」
一方で、キノコ狩りを趣味としている年配層も多い。長年の経験から「キノコ博士」を自認している人もいるだろうが、近年の気候変動でキノコの生息域が大きく変化している場合もあるという。
「キノコ名人の方々は、『毎年この場所のキノコを食べて大丈夫なんだから平気だ』と考えているケースがあります。しかし、近年の気候変動で生息分布や多様性が高まっており、必ずしも同じキノコが毎年同じ場所に同じように生えない可能性もあります。姿形は似ていても毒性が異なることは十分に考えられるため、やはり食べないのが基本です。
また、厄介なのは近所の人が採取した天然キノコをお裾分けされたようなケースです。貰った方は食べないわけにもいかない状況にもなりかねませんよね。お裾分けは大変迷惑な行為なので慎むべきでしょう。
また、道の駅などで市販されていた天然キノコの中に、毒キノコが混じっていたケースもありました。毒キノコの危険性は思わぬところにあると、意識しておいてほしいと思います」
キノコの毒は「未来の薬」になる 毒キノコから新薬が生まれる可能性
ここまで、毒キノコの危険性にフォーカスして紹介してきたが、井之上教授がキノコ毒を研究しているのは、食中毒の危険性を啓蒙したいからだけではない。
例えば、冒頭で紹介した食中毒を引き起こすキノコ筆頭の「ツキヨタケ」について分析を行い、毒成分であるイルジンSが、柄の部分に多く含まれていることを解明した。分析によれば、柄の部分には、カサの部分の7倍ものイルジンSが含まれているケースもあったという。
「衛生研究所などで中毒原因の鑑定をする際に、ツキヨタケによる食中毒だと証明するためには、毒成分イルジンSのリファレンスになるものがないと、分析化学的な評価はできません。そのリファレンスとなるイルジンSを効率的にツキヨタケから単離しようと検討した研究から始まって、今回の発見に至りました。
また、立命館大学のクラウドファンディングで『毒キノコのデータベース構築』を立ちあげたところ、多くの方から賛同をいただき、プロジェクトをスタートすることができました。これらを経験して、毒性成分が強いということは、何かしら生体に影響を与える可能性が高いということも考えられる。裏を返せば『薬にもなる』というわけです。
例えば、イルジン類はそのままでは毒性が強いので、毒性を少し弱めることによってガン細胞にダメージを与える薬をつくれるかもしれません。神経系に作用する薬や、腸内に影響を与える薬など、キノコの毒成分の効果によって、さまざまな新薬開発のきっかけになる可能性があるのです。最近、台湾の製薬会社で、キノコ由来の成分により、転移性膵がんの治療薬が成果を出しているというケースもあります。私たちの身近にあるキノコの力が、医療に貢献してくれる未来は、大いにあると思います」
キノコが持つ大きな可能性に期待しつつ、……くれぐれも天然のキノコは食べないようにしていただきたい。
井之上浩一
立命館大学薬学部大学院薬学研究科・スポーツ健康科学総合研究所に所属している。2024年度、消費者庁残留農薬等試験法開発事業評価会議メンバー、日本食品衛生学会常任理事、日本食品化学学会事務局長理事、地方独立行政法人大阪健康安全基盤研究所 調査研究評価 委員など。現在は、残留農薬等・食品添加物の試験法開発、毒きのこ分析、フードミクス解析などの研究を推進している。