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「コンドーム」の付け方よりも大切なことがある。 コンドームの伝道師が中高生に伝えていること

2023年5月18日


「コンドームの付け方」よりも大切なことがある。 コンドームの伝道師が中高生に伝えていること

ネットの世界にはさまざまな性情報があふれ、中高生ともなれば自分のスマートフォンであらゆる情報にアクセスできる現代。若者たちが「コンドーム」や「避妊」について、どれほどの理解があるのかを想像するとしたら、あなたの予想はどうなるだろうか?
「高校生であれば、ほぼ“わかっている”だろう」…、そんな感覚をお持ちの方が多いかもしれない。しかし、その認識こそが、コンドームの知識を正しく広めることを阻害している可能性がある。

〈この記事のポイント〉
● 中高生ではコンドームを実際に手にしたことのない生徒がほとんど
● 相手の手にコンドームを装着する「自主練」のある講演会
● コンドームの実体験で、子どもたちが感じたこと
● 避妊だけではない! 感染症への理解を育むコンドーム
● 親から子への情報発信はしなくていい!?

コンドームの知識 「高校生なら理解しているだろう」は大きな間違い

滋賀県の高校で保健体育の教諭を19年間勤めた清水美春さんは、県内を中心とした中学校・高校で生徒たちにコンドームをきっかけに人間関係の大切さを説く講演会を行ってきた。

「コンドームのそのものは中高の教科書にも掲載されているので、ほとんどの生徒がその存在を認識しています。
ところが、実際に講演会をやってみると、『実物を見たのは初めて』という中高生が75%、『実際に触ったのは初めて』という生徒は87%です。
やはりアダルトグッズという認識がまだ強いので、『見てはいけない』『考えないようにしよう』という子どもたちが非常に多く、”初めて触るのが本番”になるのが現状です」(清水さん、以下同じ)

「咳・くしゃみにはマスク、勃起・射精にはコンドーム」 講演会では自主練も!

清水さん自身も講演会を始めた当初、「自分の認識との差に驚いた」という生徒たちとコンドームの間の深い溝。講演会では、その溝を埋めるための工夫が凝らされている。

オリジナルキャラクターが描かれた『びわこんどーむ』
講演会では、オリジナルキャラクターが描かれた『びわこんどーむ』を生徒が実際に手に取り、体感する時間を設けている。

「『びわこんどーむくん』というキャラクターにすることで親しみが生まれ、『コンドーム』という言葉を口にする心理的ハードルを下げる効果もありました。また、コロナ禍でマスク着用が浸透したことが、『咳・くしゃみにはマスク、勃起・射精にはコンドーム』というように、使うことがマナーであり、使って当然だという意識を持ってもらうためのフックにもなっています」

講演会の後半、生徒たちの性感染症への理解が深まった頃に行われるのが、講演会のメインイベントともいえるペアワークだ。

「講演会の大半を使って『コンドームは性感染予防に必要なアイテムだ』ということを話すのですが、実はコンドームそのものについてはあまり詳しく教えません。
講演会の後半で、オリジナルコンドーム教材の『びわこんどーむ』を実際に開封して、2人組でペアワークをしてもらいます」

コンドームを学ぶ講演会の様子

「じゃんけんで勝った人から相手の手に装着してもらいます。正しい使い方や開け方などは一切ノーヒント。ファーストインプレッションがもの凄く大事だと思っているんです。
『よーいドン!」で始めるとみんな焦るので、いろいろな失敗例が出てきます。コンドームが濡れていることをまず知りませんから、開けた瞬間にビックリ。ゴムの匂いや、香料に驚く生徒も多いですね。全体の約3~4割が裏表を間違えてくれます。
生徒たちは、自分のペアだけでなく、まわりのペアがどうやっていたかも見ています。気まずさが残るペアもいますし、ゴムが破れて失敗したりするペアもいる。それぞれがどこに嫌悪感を示していたか、どんな反応が生まれていたのか、全てが彼らの学びになります。
それは、私一人が一方的に話すだけでは決して伝えられないことです。学校教育の一環として、このような経験の場が与えられる価値はすごく大きいと思います」

「下ネタじゃなかった!」 コンドームを手にした生徒たちの反応は?

初めて触れるコンドームのヌルヌルした手ざわり、独特のゴム臭や、その薄さ。ペアワークは生徒たちにとって、強烈に記憶に残る経験だといっていい。講演会を終えて寄せられた生徒たちのコメントをいくつか紹介しよう。

直接コンドームを見たことがなかったので、少し気持ち悪かったです。でも、使い方を知れてよかったと思いました」
「コンドームを付けることは、自分だけでなく相手のことも考えた行動であることがわかりました」
「やはり学ぶことで自分の視野が広がるのだと感じた。コンドームに対する勝手なイメージや偏見、空気を読んでしまっている部分もあったので、実物を使いながら正しい知識を学ぶことができてよかった」
「性の話を聞くだけで『恥ずかしい』と感じる人が多いと感じています。でも、将来のことを考えると、いつまでも知らんぷりはできません。間違った情報に惑わされないようにしたいです」
「ゴムは完全な下ネタだと思っていましたが、一気に印象が変わりました」
「今までは少し遠回しな講演が多かったですが、今回は生々しい話を聞けたと思います。もうそういう年齢であり、無関係な話ではないと自覚するにはとてもいい講演だったと思います」
“私のカラダは私が決める”という言葉が一番印象に残りました。自分のことは「空気を読む」「いい印象を持たれたい」ということで決めるのではなく、一時的な感情にまどわされないようにしたいです。」
「とにかくやれやれそれがあなたのためだから!と言われるような感覚とは違い、たくさんの知識を与えてくれたうえで自主性を信じてくれるのはすごく嬉しかったし、楽しい講演でした。」

主に高校生からのコメントの抜粋だが、講演会の前後で彼らの意識に大きな変化が起きたことが伝わってくる。

「コンドームがいかに単純なものかがわかると、このゴムの薄い膜に全幅の信頼を置く怖さに気づく生徒も多いです。『今まではコンドームさえ付けていたら避妊や性感染症の予防になると聞いていたけれども、使うのが人間という時点で危うさがあるぞ』というリアリティをつかんでくれる子が大勢います。
『破れることもあるんや』『真っ暗な相手の部屋だった場合に、本当にちゃんと使えるんだろうか』とか、そういうことも含めて想像した上で自分で選択できることが大切だと思っています」

避妊だけではない 同性間感染の“真実”が生徒たちの意識を変える

清水さんの講演活動の大きなきっかけになったのが、青年海外協力隊として2年間暮らしたケニアでの経験だ。派遣された「HIV感染者ケアセンター」では、売春婦たちにもコンドームを付けるよう働きかけた。
しかし、今日を生きるために必死の彼女たちからは「コンドームを付けたら男が自分を買ってくれなくなる」と断られた。

青年海外協力隊としてケニアで考案した「コンドマスター」というキャラクター

そのような圧倒的な貧困格差や死生観の違いを感じる日々の中で、この現状を変えられるのはやはり次世代への教育しかないと確信した清水さんは、現地で「コンドマスター」というキャラクターを考え、ケニアのエイズ対策機関とも協力して子どもたちに向けてコンドームの大切さを訴えた。
その経験が、「びわこんどーむ」の活動につながっているのだ。

「性感染症、特にHIVが抱えている問題として、同性間の感染拡大があります。『避妊する必要がないからコンドームを使わない』『お互いの感染を疑いたくないからコンドームを使わない』などが理由に挙げられます。
その事実を知った時に衝撃を受けました。『一番押さえるべきポイントを、自分は授業の中で押さえられてなかったんや』と思いました。
ですから、講演会では肛門性交による同性間感染のエピソードは中学生でも高校生でも必ず入れます。
そうすると子どもたちは『ああ、そうか。コンドームは避妊のためだけではなくて、それ以上に性感染症を予防できる重要なアイテムなんだ』という理解をしてくれます」

親から教えるのはNG? 学んだ生徒が、次は教える立場になっていく

コンドームから始まる、性交渉の周辺知識への広い理解。親の視点からすれば、「ウチの子にも知ってほしい」と思うところだが、すべての親から子に、直接このような情報発信をすることに清水さんは懐疑的だ。

「幼少期から性について話す習慣がある家庭であれば自然なことだと思いますが、決して無理する必要はなく、何かトラブルが起きたときに安心して話し合える関係性を築いておくことの方が性教育より大切なことだと思います。手軽な方法であれば、近年は性教育関連の本が多数出版されているので、気に入った数冊をトイレなどの個室にそっと置いてあげることなどでしょうか。」

「びわこんどーむ」のパッケージ
びわこんどーむのパッケージには、講演会内容を凝縮した必須知識がギッシリ。「習うより、触って慣れようコンドーム」は、清水さんのメッセージそのものだ

「『びわこんどーむくん』は個人でも購入できます。教え子がつないでくれた縁で、彦根市内で学生服販売も手掛けているトラヤ商事株式会社さんがこの活動の趣旨に賛同して商品化してくれました。パッケージの中に講演会の情報が全部詰まっているような仕様にしてもらっています」

最後に、講演会を通じて清水さんが子どもたちに期待することを聞いた。

「講演の開始時に、『今日みなさんは聞く側の立場だけれど、明日からは教える側に回ってね』という話をします。特に性的なことは自分に関係ないと思っている生徒たちにも届くように『まだ自分には直接関係ないと思うかもしれないけれども、将来、医者や弁護士や公務員などの職業に就いて、性暴力や性被害にあった人たちを助ける側に回る人たちにも聞いておいてほしい内容ですと前置きすると、みんな『ちゃんと聞いておこう』という顔になります。
実際にコンドームに触れる体験を通じて学んだ子どもたちが“何でもない当たり前のこととして”次の世代に伝えていってくれるという手応えを強く感じています

びわこんどーむプロジェクト代表 清水三春さん

清水美春

びわこんどーむプロジェクト代表。滋賀県生まれ。地元公立高校の保健体育科教諭として19年間、彦根東高校、能登川高校、滋賀県教育委員会に勤務。2010年から2年間はケニアのエイズ対策活動に従事。帰国後もライフワークとして人権教育や異文化理解など独創性のある学校講演を多数実施。全国の中高生1万人に「びわこんどーむくん」を届ける活動が複数のメディアで話題になる。現在は立命館大学大学院先端総合学術研究科に所属。

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