「元気な子に育ってほしい」「運動神経のいい子に育ってほしい」。そんな親の気持ちの一方で、コロナ禍によって子どもたちの運動量低下が、国の調査でも浮き彫りになってきた。運動機会の減少は、運動神経や運動能力にどのような影響を及ぼすのか。運動能力を伸ばす、効果的な方法とは?
● 「運動神経がいい」とは何を意味するのか
● 子どもの運動量低下が、運動神経の低下につながる?
● 運動神経に関わる「動作コオーディネーション能力」
● バランスボードで動作コオーディネーション能力を高める方法
運動神経が良い子の特徴とは?
一般的に「運動神経がよい」といった時、まず思い浮かぶのは「速く走れる」「遠くまで投げられる」といった特徴ではないだろうか。こうした身体的能力は発育に従って向上していくが、今回テーマとする「運動神経」は、初めて取り組む運動課題に即座に適応して結果を出すことができたり、難しい課題にも関わらずに最小限の負荷で成功できたりするような能力である。
こうした運動神経、あるいは運動センスがよい子について言われることに、「親の運動神経が遺伝している」というものがある。しかし、立命館大学スポーツ健康科学部の上田憲嗣准教授は、「これについては明確なエビデンスはなく、最近では、遺伝よりも発育発達期の運動内容が大きく影響していると考えられるようになってきた」と語る。つまり、子供期の運動の質と量が以降の運動能力を決めるというのだ。
コロナ禍で「子どもの運動不足」が顕著に! 運動神経に与える影響は?
一方で、子どもたちの運動能力はいま、どうなっているのだろうか?
2年にわたるコロナ禍の影響が、子どもたちの運動量に影響を与えるのは間違いないが、最近になって、その状況が徐々にデータとして明らかになってきている。
小学生、中学生ともにこの数年間で体力は大きく低下していることが、スポーツ庁の調査で明らかになった。
「同時に、このデータでは「反復横跳び」や「シャトルラン」といった基本的な動作能力も大きく落ち込んでいることがわかります。また、運動機会の低下が運動能力の低下に密接に関わっているだけでなく、肥満度の上昇といった問題も引き起こしています」(上田准教授、以下同じ)
上田准教授は、学校での密を避けるために体育の授業時間が減少していることや、水泳など感染リスクの高い授業時数も削減されていることが原因にあると指摘。授業時間(運動時間)だけでなく、実施種目(経験種目)が減少していることにも警鐘を鳴らす。
「実は、小学生から中学生にかけての時期には、体の動きを制御する能力が大きく発達することがわかっています。この時期に、さまざまな種類の動きを経験し、自分のイメージしたとおりに体を動かす訓練を、日常生活や授業の中で行っていくことが重要です」
運動神経と密接にかかわる「動作コオーディネーション能力」
上田准教授が言う、体の動きを制御する能力のことを、スポーツ科学の分野では「動作コオーディネーション能力」という。では、この能力は、運動神経とどのような関係があるのだろうか。
「例えば、『ハンマーで釘を打つ』という動作をするとき、私たちはさまざまな関節を同時に動かして、同じ場所にハンマーを打ち下ろしていますね。しかし、上体の位置や肩の位置、ヒジや手首の角度は常に一定なわけではありません。関節や筋肉はそれぞれ可動域や出力に自由度を持っており、それらを瞬時に制御しながら『釘を打つ』という動作を行うのは、スーパーコンピュータでも至難の業です。
しかし、私たち人間はそれをいとも簡単に実現していますね。このように、関節同士の互いの連動を通じて、目的を達成する運動制御機構を支える能力のことを、動作コオーディネーション能力と定義しています」
釘を打つ、というのはシンプルな例だが、動作コオーディネーション能力は言うまでもなく、さまざまな運動能力、スポーツにおける動作に直結する。では、ジュニア期に訓練しておくべき、動作コオーディネーション能力は、どんなものだろうか。
運動能力を高める 5つの動作コオーディネーション能力
「動作コオーディネーション能力とは、上図に示した通り、大きく7つの能力より構成されていると考えられています(Zimmermann, 1986)。それらのうち、特にジュニア期は、バランス能力、定位能力、リズム化能力、分化能力、そして反応能力を優先的に育成すべきとされています」
ジュニア期に優先すべき5つの動作コオーディネーション能力について、ポイントを伺っていこう。
●バランス能力
「『全身のバランスの維持や、崩れを回復する能力』のことを指し、あらゆる競技において必要とされる能力です。向上のためには、筋肉感覚と触覚、視覚、さらに加速の感覚などを統合的に強化することが求められます。具体的なバランスの運動としては、静止状態を継続する静的な全身バランス、動きながらもバランス状態を保つ動的な全身バランス、さらに手や体で物を支えながら運動する操作物のバランスといったトレーニングが効果的です」
●定位能力
「『位置関係を知り、それに合わせて動作する能力』のことを指し、コートやリングなどの場と物の動きとの関係で、姿勢や動作を、時空間的に変化させる能力です。球技では、定位する空間は広く、またポジションチェンジも頻繁なため、相手や味方と自分の位置や配置の関係の関係を立体的に認知することが大切になります」
●リズム化能力
「『リズムをつくったり、真似したりする能力』を指します。与えられたリズムを正確に再生する能力であり、また自分のリズムを表現する能力でもあります。聴覚や視覚によって、リズムを認知し、自分の動きのなかに移し変えていく能力ともいえるでしょう。スポーツにおいては、柔道などの対人競技で『相手のリズムを見抜き、そのリズムを壊す』ような動きにも影響を与えます。また、リズム化の能力は、チーム内のコミュニケーション機能にも重要な働きをします。例えば、バレーボールにおいてチーム全体で攻撃のリズムを作るような場面でも重要になります」
●反応能力
「『情報を選択し、すばやく、正しく反応する能力』です。“よーいどん”のピストルの音に素速く反応して走り出すのがまさにこれですね。目的にあったタイミングで、課題にあった速度で反応することが求められ、より速い反応が求められるものです。ほかにも、レフェリーの指示や相手・味方の動き、ボールの動きへの反応など、さまざまな状況下で反応能力が重要になってきます」
●分化能力
「少し難しいのですが、『運動筋肉感覚をもとにしながら、動作精密に構成していく能力』を指します。動作を正確に行ったり、無駄なエネルギーを使わないようにしたりする能力ともいえます。例えば、アーチェリーやボーリングのように、力加減を調整しながら目的とする課題に適応させていくような運動はこの能力が非常に重要になります」
人気のバランスボードで動作コオーディネーション能力は強化できる!
学校での運動時間拡大の目処が立たない中、どのように子どもたちの動作コオーディネーション能力を強化・維持するのかは、大きな課題といえる。
上田准教授らの研究では、スラックラインを使ったバランストレーニングにより、脳の背外側前頭前野と第一次運動野の情報伝達が増加したというエビデンスが得られており、動作コオーディネーション能力の向上にも有意であると考えられている。
現在、屋内でも効果的なバランストレーニングが行えることから「バランスボード」の人気が高まっているが、上田准教授によれば、バランスボードを用いた簡単な運動で、動作コオーディネーション能力を養うことができるという。
●バランスボード上で開眼・閉眼
「まずは、バランスボード上に目を開けた状態で乗り、1分ほどバランス状態をキープします。その後、目を閉じた状態(安全のため目は覆わない)で同様に1分ほどバランス状態をキープしてみましょう。
最初は両足で行ったあと、中央部分に片足で乗り、同様に開眼・閉眼でのバランスを左右で行うとよいでしょう」
●バランスボード上で屈伸運動
「バランスボード上で両足立位(立った状態)をキープした状態で、ボードから降りることなくそのまま屈伸運動を行います。慣れてきたら、バランスボール上での座位(お尻をつけた状態)から下に降りることなく、立位へと姿勢変換を行う運動にもチャレンジしてみましょう」
●バランスボール上でジャグリング
「バランスボード上に両足立位をキープした状態で、お手玉、デビルスティック、ヨーヨー、けん玉などの難易度の高いジャグリング動作を行います。ペアの人がいるなら、向かい合ってキャッチボールをするのも効果的です」
いずれも転倒のリスクもあるので、室内で行う場合は、できる限り広い場所で近くに家具等がないよう注意。また、集合住宅の場合は、階下への騒音にも配慮して行おう。
「こうした運動の効果については、発育発達期の児童に有効であることはもちろん、それ以降の年代でも有効であることが明らかにされています(Schaller, 1996)。また、近年では、こうした動作コオーディネーション能力を向上させる運動による脳機能への効果も検証されるようになってきており(Koutsandréou et al. 2016)、生涯を通じた運動の継続が、身体的健康だけではなく知的・精神的健康の向上にも有効である可能性が指摘されています」
「運動神経」、そして動作コオーディネーション能力の育成は、子どもたちだけに重要なのではない。ウィズコロナ時代の生涯を通じたウェルビーイング(Well-Being)実現が目指される今、あらゆる年代の人にとって、コオーディネーショントレーニングをはじめとした運動への取り組みの効果は、多方面で注目される。
上田憲嗣
鳴門教育大学大学院修了。吉備国際大学准教授などを経て、2015年から立命館大学スポーツ健康科学部准教授を務める。主な研究テーマは「発育発達期における動作コオーディネーション能力の理論的・実践的研究」「スポーツタレントの育成及びアスリート育成パスウェイの構築」など。