新型コロナウイルスの感染拡大によって、医療システムが機能しなくなる「医療崩壊」が世界中で懸念された。日本においても、感染者数が急増した4月には病床不足が深刻化し、医療現場から再三の注意喚起がなされたのは記憶に新しい。医療崩壊や医療現場の切迫はなぜ起きるのか。今回のコロナ禍で明らかになった、日本の医療体制の課題とは? 医師の経歴を持ち、公平な医療・福祉政策に向けて研究を進める松田亮三教授に聞いた。
医療崩壊を引き起こすのは感染者の短期間での急増
医療崩壊は、医療資源の需要と供給のバランスが崩れることを指し、具体的には病床や医師の不足によって医療機関が機能しなくなる状態を指すケースが多い。日本では、緊急事態宣言における外出自粛要請や在宅ワークの導入などで、感染者数の山場を一旦は乗り越えることができた。コロナ禍の第一波においては、医療崩壊は防ぐことができた状況だといえるだろう。
海外に目を向けると、イタリアのロンバルディアやアメリカのニューヨークなどの死亡者数の増加が連日ニュースを賑わした。この2カ国の状況ついて、松田教授は次のように話す。
「医療崩壊というかどうかはともかく、各国の医療システムの対応能力を超えてしまう状況は発生していたと見るべきでしょう。原因は医療体制というより、感染者数の爆発的な増加によるものだと考えられます。既存の体制では間に合わない状況が、短期間で発生してしまったのです。
イタリアとアメリカの医療制度は大きく異なっており、イタリアは税金に基づく公共サービス。アメリカは、公私ミックスの複雑な仕組みの医療体制となっています。そのような制度の異なる2カ国で医療のキャパシティを越える状況が生まれたことを考えると、医療制度の如何によらず、医療崩壊が起きる可能性があるといえます」(松田教授、以下同じ)
日本でも、特に大都市圏などで感染者の爆発的な増加が短期間で起これば、医療崩壊が起こる可能性は十分考えられるということだ。
感染対策“初動の遅れ”にみるリーダーシップ不足
今回のような、急激な感染拡大という状況において、医療現場の対応力はどうだったか。松田教授は、日本の対応を評価しつつ、未知の状況に迅速に対応する仕組みの重要性を挙げた。
「韓国は2015年のMARS大流行の反省を活かし、ドライブスルー形式でPCR検査をするなど、新しい取り組みを迅速に取り入れました。結果、感染拡大を押さえ込み、ひとつの成功事例として認識されています。一方日本国内を見ると、初動に時間を要してしまった印象があります。国として感染症を認識したのは世界的にも早かったと思いますが、感染防止対策の実行が遅かった。ドライブスルーを始めたのは4月頃で、認識してから3カ月程度かかっています。当初はPCR検査を限定的に用いる戦略をとり、途中から拡大戦略に変更すると宣言したものの、誰が責任を持ってリードするかがなかなか決まらず、結果として医師会がリードする印象でした。
国民の命を左右するような新しい疾患に対して、迅速に新しい仕組み運用するにはどうするべきなのか。新型コロナウイルスによって、新たな課題が浮き彫りになったように思います」
現在、日本のコロナ関連死者数は世界的にも低く、対策も評価されているが、課題がないわけではない。体験したことのない状況の中、「国はどういう考えなのか?」を、行動基準にしていた人は多かっただろう。今後はコロナ第1波の経験を生かし、医療現場や国民がパニックに陥らない、迅速な意志決定と対策実行が求められる。
コロナで浮き彫りになった「格差」とは
新型コロナウイルスはもちろんのこと、感染症の流行においては、社会的弱者ほど感染リスクが高くなる問題点が指摘されてきた。今回のように、発症した際の迅速な治療が生死を左右する疾病の場合、医療格差は極めて大きな課題となる。
「経済所得が低い層ほど在宅ワークができない仕事や単純労働に従事している傾向にあり、外出自粛ができずに感染リスクが高くなっていることが考えられます。また、感染リスクではなくても、営業自粛が必要な業種の場合、収入源による生活苦が格差をさらに広げることも意識しなくてはなりません。特に非正規雇用の場合、正規雇用のような補償が受けられないケースも少なくありません。所得低下が深刻化して生活できない状態が続くと、最悪の場合、自殺などにつながる懸念もあります」
経済格差のほかに、居住地によって医療機関へのアクセス面の格差も存在する。病院が遠方にあれば、通院に交通機関を利用する可能性も高まり、移動中の感染のリスクも高まる。
そのような中、注目を集めているのが「オンライン診療」だ。オンライン診療は、電話やインターネットを通じて医師の診察を受けられる仕組みで、厚生労働省も2020年4月から、オンライン診療に対応している医療機関リストの公開を始めた。在宅であれば感染リスクも最小限に抑えられるため、医療資源の乏しい地方などでは、今後重要な医療リソースとなっていくだろう。
新型コロナ以外の疾病に対する医療資源をどう確保するか
5月25日、首都圏など5都道府県でも緊急事態宣言が解除され、少しずつ経済活動が再開している。しかしワクチンや治療薬が開発途上にあるいま、新型コロナウイルスによる影響は1〜2年ほど続くと考えられている。公平に配慮した保健・医療・福祉政策という側面では、どんな対策が必要なのだろうか。松田教授は、3つのポイントを指摘する。
「1つ目は、無症状や軽症者の診察体制です。今回、自分で感染を疑っても、保健所や病院で対応してもらえないケースが多発しました。重症化する前の患者をどう診察していくかは大きな課題です。症状による対応医療機関の基準の明確化が必要です。
次に、施設内感染の防止です。新型コロナウイルスは無症状や軽症の割合が多いため、施設内の感染拡大を防ぐのはより難しくなっています。特に医療施設や介護施設など、重症化しやすい人が集まる施設においては、国として制度や対策を綿密に考えていくべきでしょう。
最後に、新型コロナウイルス以外の疾病に対する対応です。医療現場がさらに逼迫している中、既存の疾病に対する医療資源の確保が求められています。しかも、ただでさえ人手不足が慢性化している業界において、新型コロナウイルスの影響で医療機関は10%ほど減収したと言われています。今後コロナウイルス以外の病気でも安定した医療を受けられるよう、補助金等の施策を国として行っていく必要があるでしょう」
日本国内のコロナウイルス感染者数はある程度落ち着いたものの、言うまでもなくまだ安心できる状況ではない。また、感染拡大で再び外出自粛や企業の休業が続けば、社会的弱者がますます厳しい状況に置かれることも懸念される。医療崩壊を防ぎ、格差の解消を目指すためにも、社会全体で新しい仕組みに柔軟に対応していく必要があるだろう。