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「エピソードよりエビデンス」「失敗は財産」 グローバル人材の条件を達人たちが語る

2019年6月14日




今年(2019年)5月、「グローバル人材育成」をテーマとするシンポジウムが京都市内で開かれた。基調講演を行ったのは出口治明氏(立命館アジア太平洋大学学長)。ライフネット生命の創業者として知られるだけでなく、ビジネスから歴史まで幅広いジャンルの著書も手がけている。

その後のパネルディスカッションには出口氏のほか、元外務次官の藪中三十二氏(立命館大学客員教授)、堀場製作所会長兼CEOの堀場厚氏、京都市長の門川大作氏が参加。外交やビジネス、行政の第一線を熟知する面々だ。彼らの言葉には、仕事がグローバルか否かに関係なく、すべてのビジネスパーソンに有益なアドバイスが豊富に詰まっていた。本記事ではその一端をお伝えしたい。

ロジカルに考えるための武器「タテヨコ算数」

シンポジウムに参加した出口治明氏(右)と、門川大作京都市長(左)

基調講演で出口氏は、日本でグローバル人材が必要な理由を次のように説明した。

現代の社会は、“化石燃料、鉄鉱石、ゴム”という3つの要素をもとに成り立っています。現代文明の象徴である自動車や飛行機を見ればすぐに分かることです。しかし日本はどの資源も持っていない。だからこそ上手に他国と付き合うためにグローバル人材は不可欠なのです」

グローバル人材の要件としては3つの要素が挙げられるという。

「米国のキッシンジャー元国務長官と会食したとき、彼は『人はワインと同じだ』と言いました。彼が言わんとしたのは、人は土地と歴史に根ざした存在だということ。どんな人も自分の生まれ育った場所を愛していて、祖先は立派な人であってほしいと思っている。ですから、世界の人々と交流したいならば地理と歴史の勉強は欠かせません。そしてできるだけ自分の足で世界を歩き、自分の目で世界を見ることです。

もう一つは『タテヨコ算数』で考えるということ。人は自分の価値観や世界観を通じて世界を見てしまうから、世界をニュートラルに見るための方法論が必要です。『タテ』は歴史のこと。人間の脳は1万年以上ほとんど変わっていないという以上、昔の人がどう考えたかは現代人にも大変参考になります。そして『ヨコ』は、世界の人がどう考えているか。私は、このタテヨコでたいていの問題は判断できると思います。そして『算数』は『エピソードではなくエビデンス』とも言い換えられます。
世界の人と話すときは自国の社会常識に安易に頼ってはいけない。自分の意見は“数字、ファクト、ロジック”を用いて語るべきです。

そして最後はやはり英語でしょう。人によって好き嫌いはありますが、世界共通語になってしまっているものは仕方がない。グローバルに働きたい人は勉強しましょう」

同じ日本人同士でも世界観や価値観はときに大きく異なる。自らの意見をわかりやすく相手に伝えたいとき、「タテヨコ算数」は誰もが心に留めておくべき方法論だ。

グローバルな舞台では「日本では嫌われる態度」も必要

外務省でアジア大洋州局長や次官を歴任し、米国や北朝鮮などとタフな外交交渉を経験してきた藪中氏は、グローバルな舞台では「日本では嫌われる態度」も必要になると語る。

「世界の多様な人々と議論するうえでは、相手の考えに合わせて自分の考えを変えるのは最悪です。大事なのは“Speak out with logic”と、“Outstanding performance”。英語で表現しているのは、日本語に訳すとそれぞれ『口数が多くて、理屈っぽい』『目立ちたがり』というネガティブな言葉になってしまうからです(笑)。日本では嫌われる態度ですが、お互いの歴史や慣習が異なり、以心伝心や忖度が期待できないグローバルな現場では不可欠です」

また、会場の高校生から「クラスに英語の得意な人が多く、劣等感を感じる。どうすれば英語ができるようになるだろうか?」と聞かれると次のように答え、考えをはっきりと言う重要性を改めて強調した。

「劣等感なんてまったく持たなくていい。国際会議では文法なんて誰も気にしていません。『俺はこう思う』という中身を明確に持ち、それを最も簡単な表現で言う。そうすれば英語を話すことにもどんどん慣れていく。まずは言い出すことです」

「失敗は財産」:価値観をアップデートすべし

「失敗を財産と考えるべき」と話す堀場厚氏(右)と、パネルディスカッションの進行役も務めた藪中三十二氏(左)

もちろん多くの人が、意見を明確に述べる大切さを頭では理解し、仕事でも実行したいと考えているだろう。しかしそこには間違ったことを言って恥をかく恐れがつきまとう。「言わなければよかった、失敗した」という後悔は、誰でも一度はしたことがあるだろう。

失敗は財産、と価値観を書き換えないといけない」と語るのは、堀場製作所の堀場厚氏だ。同社は分析・計測機器メーカーで外国籍従業員が約6割、売上の海外比率は約7割。特にエンジン排ガス計測システムでは世界トップシェアの80%を誇るグローバル企業だ。フォルクスワーゲン社の排出ガス規制不正を発見したのも、実は同社製品だった。グローバル経営を促進してきた堀場氏はグローバル人材育成の難しさを次のように話す。

「グローバル人材を日本の中だけで育てるのは難しい。たとえ短期間でも海外にいると、日本がどう思われているか、日本が誇れるものは何かに気づきます。外の世界で良い意味の修羅場を経験し、失敗する。この経験をどれほど財産にできるかが、グローバル人材を目指すうえで大切です。『失敗しない教育』ばかりしている国に未来はありません。“失敗=財産”と、価値観を書き換えないといけない」

そんな「人間力」を持った人材を確保するためのユニークな試みとして、京都市の門川大作市長は市の採用制度について紹介した。

「京都市では数年前から、一部の一般事務職採用について、一次試験から受験者全員と個別面接を行う『京都方式』を始めました。教養試験や専門試験は行わず、人物本位で“人間力”を見る選考方式です。おかげさまで非常に多くの方々から応募いただいています」

人間力を重視するという「京都方式」が示唆するのは、スマホ一つで簡単に知識が手に入る現代で、知識量とは異なる能力が重みを増している事実だ。私たちはどんな力を鍛えればよいのだろうか?

「考える力」を鍛える まずは“真似”から

「おいしい料理がさまざまな食材とうまく調理する技術に因数分解できるのと同じように、“おいしい”人生は知識と考える力に因数分解できる」と前置きした出口氏は次のように語る。

考える力を鍛えるには、考える力が優れた人をまねることです。高校生や若い人にはデカルトの『方法序説』をおすすめします。本が薄くてすぐ読めるからです(笑)。書籍に限らず友人でも知人でも、考える力が優れた人の思考プロセスをシャドウィングし、追体験することが重要です」

現代では国境・国籍や知識量などの意義が従来よりも相対化されつつある。かつて支配的だった発想に固執するのはリスキーですらあるかもしれない。海外と関わって働く人はもちろん、たとえ国内で仕事に励む人でも、四者が語った「グローバル人材育成の要諦」がこれからの考え方や働き方を見直す大きなヒントになることは間違いない。

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