超高齢化社会、少子化、人口減少…。このような言葉だけを聞いていると、近未来、日本人がいなくなってしまうかのような恐怖感をもってしまうこともある。果たして、日本の人口減少はどうなるのだろうか。1万年という長期的なスパンで人口分析を行うプロジェクトから、考古学的な視点で人口減少社会の持続可能性へのヒントを探る。
● 日本の人口はどうなっている?
● 人口は大増加・大減少を繰り返してきた
● 環境・人口・経済・文化は常に変化する
● 変化に対してしなやかに対応する「レジリエンス」
● 個人化が進む現代に必要な情報的レジリエンス
日本の人口減少の現状と原因は?
少子高齢化の急速な進展により、日本の総人口は2008年をピークに減少に転じており、人口減少時代を迎えている。将来推計によると、2050年には日本の総人口は1億人を下回ることが予測され、それと同時に起こる「生産年齢人口の減少」なども、大きな社会課題になっている。
人口減少のもう一方の側面が、少子高齢化だ。その原因といわれるのが、「未婚化・晩婚化・晩産化などによる出生率の低下」「子育てコストの上昇」「平均寿命の伸長を伴う死亡率の低下」だ。先進諸国も同様の問題を抱えているものの、日本においてはそのスピードが極めて速いことが特徴となっている。
では、人口減少社会の果ては、どのように予測できるのだろうか。
縄文時代の人口変動から見えてきた、絶え間ない人口増減の歴史
立命館グローバル・イノベーション研究機構の中村大准教授は、長期的人口分析に基づく持続型社会モデルを、考古学の視点から研究してきたひとりだ。
縄文遺跡データベースの構築と、それをベースにした高精細な先史時代の人口推定研究を進め、これまで極めて長い期間でしか推定できていなかった縄文時代の人口動態を、100年単位で推定することに挑戦している。
「縄文時代の人口は、40年前に推定されたものが未だに使われていたというのが現状でした。しかも、1000年単位のざっくりとした変化しか明らかにされておらず、それだけを見ると、『縄文時代の人口というのは長い時間をかけて変化していた』というイメージを持たれていたかもしれません。
しかし今回、統計解析を活用した新しい人口推定手法を開発することにより、より精度の高い100年単位の人口変化が見えてきました」(中村准教授、以下同じ)
上記のグラフは秋田県北部における人口変動だが、推定人口は一定期間で増減を繰り返していることがわかる。
「縄文の人々は同じような生活を数千年続けていたのだというイメージもあったかもしれませんが、実際には300〜400年の周期で人口増減の大きな波が繰り返しきていることがわかります。ここで私が注目しているのは、非農耕経済であっても人口変動の周期は現代と大きく変わらない可能性があることです。1800年代からはじまる現在の大きな人口の波は2100年ごろまでともいわれ、300年程度の時間幅を持つ人口の波になるかもしれません。
人口学においては、現代の『少産多死』フェーズが終了すると、次第に人口が増えもせず減りもしない「静止人口」に至るという考え方もありますが、数千年というスパンで俯瞰すると、それは恐らく無理ではないかと考えられます。
人口は、時に大増加や大減少も含みながら、変化して行かざるを得ない。その変化にどう対応していくかが課題だといえます」
社会はどのくらい「持続」したら成功なのか? 注目される「レジリエンス」とは
「環境、人口、経済、文化は常に変動しています。それを、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取って『VUCA』といいますが、そのなかで『持続可能な社会』を目指しているのが現状だといえるでしょう。
では、何を、何年間持続させたら、持続型社会として“成功”といえるのでしょうか?」
我々の社会は、資本主義を少し古く捉えたとしても「300年程度持続してきた社会」でしかない。では、この社会を、あと500年続けたら成功なのだろうか。1000年保ったら、あとは変化してもいいと考えるのだろうか。
「このような認識に基づいたとき、持続可能な社会システムが備えるべき基本的性質として私が重視すべきだと考えるのが『レジリエンス』です。
レジリエンスとは、『環境の変化や攪乱に対し、システムが自らの状態を変化させて対応しながら目的となる動作を継続する能力』を意味します。環境変化に対してその影響を打ち消すことでシステムの維持を図るハードな対応ではなく、文明システムを適切に変化させ、環境変化の影響をむしろ文明変化の力にするしなやかな対応ともいえるでしょう」
まったく同じ、定常的な時代が数百年にわたって続くことはあり得ない。急激な変化を伴う現代を生きていれば、誰もがそれを実感しているだろう。では、文明システムを適切に変化させていくために、何が必要なのだろうか。
「資源と情報のレジリエンス」を発揮することが重要
中村准教授は、社会が持続していく上で必要なものとして、資源と情報の2つのレジリエンスが非常に重要だと語る。1つ目の「資源」は、物質的なエネルギーや食料など、物理的に私たちを維持してくれるものだからわかりやすい。
では、「情報のレジリエンス」とは、どのようなものか。
「あらためて縄文時代の人口変動の図を見てみましょう。オレンジの線は儀礼祭祀の活発度なのですが、人口の比較的大きな増減に合わせて儀礼祭祀も活発化していることがわかりました。
儀礼祭祀、つまり『まつり』では、人が集まり、形式的な共同作業が営まれます。飲食を伴う歓談があり、コミュニケーションが生まれ、経験が共有されます。それだけではなく、集団的な規範性、道徳、倫理観なども生まれ、文化的な基盤を作っていったのです。
社会を持続させるためには、生存という明確な目的を共有し資源を獲得・分配する『組織』だけでなく、さまざまな『まつり』を通じ、より広範囲で多様な人びとが交流する『コミュニティ』も必要だということがこのグラフからみえてきます。組織は資源に対するレジリエンスを、コミュニティは情報に対するレジリエンスを発揮し、社会の継続を可能にするのです」
個人化が進む今、情報的レジリエンスをいかに作っていくか
個々の多様性が尊重され、集団で価値観を共有する機会が減っている現代。しかも、コロナ禍によって、その傾向はさらに強まっているようにも見える。しかし、中村准教授は、個人を優先する時代にこそ、コミュニティが必要なのだと指摘する。
「個人の多様性は、言い換えれば社会の他のメンバーとの『差異』であり、そうした比較が成り立つためには社会が形成されていることが前提になります。さきほど、社会の持続には『組織』と『コミュニティ』という性質の異なる二つの集合の仕方が必要であることを指摘しましたが、多様な人材が互いに何となく知り合いである『コミュニティ』は、何か予期せぬ事態が起きたときに幅広いアイディアを俯瞰する場としてとても重要だと考えています。
また、コミュニティは異なる年齢・所属・考えを持つ人々の自発的な集まりであるからこそより多くの人びとを包含する“心の拠り所”ともなります。東日本大震災で被災した方々が、集団避難先ではじめたのが、まつりを復活させたことでした。社会に大きな変化が起きたときに集合する。集まって意思疎通することが非常に重要なことだというのがわかるエピソードだといえます。
しかし今、このような儀礼祭祀のシステムは急速に失われようとしています。個人化が進む未来、人びとが集合し情報的レジリエンスを育む場(プラットフォーム)をどのように作っていくのかは大きな課題だと思います。共同体に強制的に従属させられるようなシステムではもちろん生きづらいわけですから、秩序と自由のバランスをどのように取っていくかという視点が必要です。別の言い方をすれば、「情報の確立性と新奇性、蓄積された知識と革新的な発想、これらの融合(フュージョン)をめざす」といえるかもしれません。そこに、考古学や歴史学を含む人文知の成果が貢献できると考えています」
人口減少とともに進行する個人化。その中で、縄文の昔から日本列島で生き延びてきた我々は、どのように持続していくべきなのか。中村准教授らは、本研究から得られた知見を用いて、現代数学に着想を得た情報的レジリエンスモデルの構築を進めているという。shiRUtoでは、今後も持続可能な社会の未来像を占う、この研究に注目していく。
中村大
立命館グローバル・イノベーション研究機構准教授。専攻は考古学、歴史学。統計解析やGIS(地理情報システム)を活用し、縄文時代の人口変動と儀礼祭祀の変化の関係を研究する。また、長州藩が幕末に編さんした『防長風土注進案』のデータベース構築とGIS化にも携わり、近世・近代の食文化研究も進めている。さらに、現代アートと協働する「アート&考古学」にも取り組み、考古学や歴史学の知見を現代社会のデザインに活用することをめざしている。