2020年以降、米大手ホテルチェーンのヒルトンは京都、大阪に計8ホテルの運営を増やす計画だ。また、マリオット、ハイアットなども運営ホテルを増やしており、外資系ホテルチェーンの積極的な進出が目立つ。円安や万博開催を追い風にした観光需要の高まり、高級ホテル市場の拡大などの背景には何があるのか。この動きは今後、伝統ある街にどのような影響を与えていくのだろうか。ハイアットリージェンシー京都総支配人等を歴任した立命館大学ビジネススクールの横山健一郎教授に聞いた。
● 京都や大阪のホテルの「適正な部屋数」はどれくらい?
● 「安全な日本」は極めて高い観光価値
● ホテルかマンションか? 土地利用のリスクマネジメント
● 地域の魅力を伝えるデスティネーション・マーケティングが重要
● ホテルの“非日常”には最適なバランスがある
海外ホテルチェーン躍進の背景には、国際都市としての客室数が少なさもあった
近年、関西圏では外資ホテルチェーンによる積極的な展開が続いている。例えば京都では、ヒルトングループが2021年にラグジュアリーホテル「ROKU KYOTO, LXR HOTELS & RESORTS」、2023年には「ヒルトン京都」など、4年連続で系列ホテルをオープンしている。
「2020年代以降、特に京都や大阪のホテル市場には外資系チェーンの進出が顕著に見られます。どうしてもハイエンドのホテルが目立ち、規模が大きいため、皆さんの印象に残ることが多い印象ですが、フランスの『イビス』などセカンダリー(大衆)ブランドも増えてきており、決して高級ホテルばかりではありません」(横山教授、以下同じ)
この背景には近年の日本観光の人気や、大阪万博の開催などといったニーズの高まりもあるが、横山教授は日本の主要都市におけるホテルの客室数が海外と比較してまだまだ少ないことを指摘する。
「世界の同緯度にある都市、たとえばパリやロンドン、ニューヨークと比較すると、東京の客室数は3都市と同程度の16万室強にまで伸びてきていますが、大阪では2022年時点で約4万室程度と、かなり少ないのです。京都を含む関西圏を合わせても、今後の観光ニーズを考えるとやはり心許ない。
グローバル化が進み、大阪や東京が国際都市として認められている今、都市としての競争力を高めるためにはインターナショナルブランドの強いホテルが必要だと感じますし、彼らも関西エリアへの展開をビジネスチャンスだと捉えているわけです」
日本の安全性は旅行者にとって大きな「ブランド」になっている
万博による旅行需要はあくまでも一過性のもので、ホテルマネジメントの観点では地域の持続的な魅力やホスピタリティが重視されることになる。横山教授は、世界でもトップクラスを誇る「安全性」を大きな強みとして挙げる。
「訪日旅行者の増加は、ビジネス以外のレジャー目的で訪れる人が増えていることを意味します。家族連れやカップル、一人旅など、さまざまな目的で日本にやってくるわけですが、そんな観光地として求められるのは、『安全と安心』です。
今、 紛争地域あるいは脅威を与える地域への旅行は避けると思います。レジャー旅行先として、United Nathion加盟国190以上の国がありますが、戦争や紛争、天災がない場所が選ばれます。報道からはいくつかの国、あるいは地域の緊迫した情勢が伝えられております。そういった中で、日本は島国、海洋国家であり、相対的に安全で安心な場所と認識されています。自然災害はあるものの、治安や安全性が極めて高い上に、日本の風土に培われた自然、歴史や伝統、豊かな観光資源が評価されています」
観光地ブランディングは、一朝一夕に実現するものではない。多くの外国人、特に世代を超えた観光客がやってくることにより、観光地としての持続可能性もより高まっていく。
「家族連れの観光客にとって、日本の安全性は大きな魅力でしょう。安全な環境での楽しい家族の思い出は10年後、その子どもたちの『また日本に行きたい』という未来のニーズにつながります。観光立国を語る上では、『大切な人と再び来たくなるような安心感』を維持することが極めて重要です。
今の状況は、観光客が短期滞在から長期滞在へとシフトするきっかけにもなり得ます。1泊が2泊になり、2泊が3泊になり、さらには他の地域に移動する動機が生まれるでしょう。日本は主要な交通インフラが整っていることもあり、移動が容易なのも大きなポイントです。日本が独自の文化を守り、時代・マーケットの変化を受け入れながらも安心・安全なホスピタリティを実現していければ、今後も観光需要は増え続けるでしょう。国内外の投資も、その需要に応じて増加していくと思います」
外国人が、町の小さな店舗・施設にも足を運ぶようになったのは大きな変化
長年海外旅行者を見てきた横山教授は、旅行者の行動の変化についても注目する。
「パンデミック以前から、京都には多くの観光客が訪れており、特に中国からの観光客が多かった印象があります。ただ、当時は外国人観光客の存在が街中(まちなか)で感じられるほどではありませんでした。
しかし、今では住宅地にある小さなお店にも、海外からのお客さんがいるのが当たり前になっています。洋服店やセカンドショップ、美容院、雑貨店など、日本人観光客と同じように外国人観光客が行動できるようになっているのは、非常に良いことだと思います。円安の影響もあり、欧米からの観光客比率もかなり高くなっていますね」
ホテルビジネスのリスクマネジメント コロナ禍で土地活用マインドも変化した
関西圏の観光におけるポテンシャルは疑う余地はないが、ホテルビジネスは大きな投資であり、展開にはリスクも伴う。横山教授は、ホテルが立地する現地の土地所有者の意識変化についても着目している。
「外国のホテルチェーンが日本市場に進出しやすくなっている背景には、運営と経営の分離、情報の共有が進んだことや、言語の壁が徐々に低くなっていることもあるかと考えます。また、観光客の増加に伴い、従来の運営方法だけでは競争に対応できなくなってきているのも一因です。
そして、土地を持つオーナーの考え方にも変化が見られます。以前は、一定面積の土地があれば分譲住宅にすることが一般的でした。しかし観光需要が高まっている現在は、ホテルとして活用する方が、賃貸収入よりも高い収益を得られる可能性や売却しやすい資産に変えることができるかと考えます。とはいえ、コロナ禍による観光産業の大混乱を経て『ホテルなら必ず儲かる』という意識も変わりつつあります。リスクを避けて再び分譲や賃貸に戻ろうとする動きも見られます。
リスク管理への対応としては、複合用途ビルによってリスクを分散する方法もあります。東京のパークハイアットのように、上層階はホテル、中央にはオフィス、下層には商業施設を配置するケースや、上・中層階をレジデンス、中央をホテル、下層を商業施設にするケースなどがその例です。
こうしたリスク分散の考え方は日本でも増えており、ビルの高さ制限や規制をどのようにクリアするかが、デベロッパーや土地オーナーの戦略に影響を与えるでしょう。ホテル単独ではリスクが高く、レジデンスだけでは十分な収益が得られないという声もあります。法律や条令などに対しては、ホテル業界も柔軟に対応しており、外国からのノウハウを持ち込むだけでなく、より協力的なマネージメント契約や投資の一部負担を取り入れるなどの戦略でリスクマネジメントが行われています」
20年で変わった“外国人の京都像” 背景にあった地道なデスティネーション・マーケティング
盛り上がりを見せる関西圏の海外旅行者需要。今後、世界での認知を高めていくためにはどのような取り組みが必要なのだろうか。
「私は2005年からハイアットリージェンシー京都でさまざまなマーケティング施策に取り組んできました。その時学んだことは、地域と連携する重要性です。
初めはホテルの魅力をいかにアピールするかだけを考えていましたが、一定の評価はあるものの、実際には集客に結びつかないことが多かった。なぜなら、日本自体が旅行先のリストに入っている人はいても、ローマやミラノなど、ほかのライバル観光地がリストのさらに上位にいるのです。まだ、日本や京都の認知度が低かったのですね。
旅行を計画する際、多くの人が休暇の時期や予算、そして同時に、あるいは先に目的地を考えます。その際、世界中に多くの旅行先がある中で日本、特に京都を選んでもらうのは簡単ではありません。
日本には漫画や寿司など、さまざまな文化的コンテンツが日本や京都の知名度を高めていますが、20年前の外国人にとって京都はまだ『よくわからない場所』でした。その頃、なかには刀を持った人や着物姿の人々が実際に生活していると想像している人も珍しくありませんでした。
そこで、『デスティネーション・マーケティング』として、ホテルを超え、京都そのものの魅力を伝えることに注力するようになりました。季節ごとの京都の魅力や、寺社の数々、歴史だけでなく、農業や水産業などについても詳しく説明するなど、プレゼンテーションでも京都の紹介が半分以上を占めるようになったほどです」
横山教授だけでなく、さまざまなレイヤーで行われたデスティネーション・マーケティングが功を奏し、今では当たり前のように京都が観光地として選ばれるようになった。しかし、依然として世界には多くの“ライバル観光地”があることに変わりはない。地域の魅力や文化の価値を世界に発信するデスティネーション・マーケティングは、ますます重要になるだろう。
ホテルが提供する“非日常”の重要性とバランス
「ホテルというのは、日常と非日常が交錯する場所です。普段の生活から少し離れた非日常としての体験を提供しつつも、すべてが非日常ではなく、日常の安心感も必要と考えます。
例えば、『しっかりとした寝具で休みたい』『いつも飲んでいるコーヒーを楽しみたい』というような、日常的に親しんでいるものを求めるニーズです。例えば、そのコーヒーが京都で焙煎されたものであったり、地元のお茶であったりすると、地域性を感じることができます。観光産業やホスピタリティ業界では、こうした地元らしさを意識しながらサービスを提供することが求められます」
既存の宿泊施設にとっても、海外ホテルブランドの相次ぐ進出は少なからざる影響を持つだろう。しかし、この変化をチャンスと捉えるマインドが必要だと、横山教授は指摘する。
「小規模なホテルや個人経営の宿泊施設にとって、近年の海外ホテルブランドの進出は、あらためて京都らしさを見直すきっかけになると思います。例えば、オンライン旅行代理店(OTA)のサイトに掲載される際にも、どのような立ち位置でアピールするかを考えるべきです。インターナショナルホテルと真正面から競争して勝つのは難しいですが、大規模ホテルにはない『独自の魅力』を適切なターゲットに打ち出すことができればビジネスチャンスは高まります。自らが持つ『非日常・京都・日本らしさ』と向き合い、インターナショナルホテルには出せない独自の価値を提供することが必要だと思います」
海外ホテルブランドが参入することによって、関西圏の観光地としての位置付けは高まることが予想される。それは同時に、日本の持続可能な観光のあり方を再認識する良い機会になるだろう。
横山健一郎
立命館大学大学院経営管理研究科教授。2009年3月同志社大学大学院ビジネス研究科修了。専門はホテル・リゾート企業のマネジメント。パークハイアット東京宿泊部宿泊部長、パークハイアットシドニー(豪)副総支配人、ハイアットリージェンシー大阪レジデントマネージャー、ハイアットリージェンシー大阪総支配人、ハイアットリージェンシー京都総支配人、日本ハイアット・Regional Vice President – Operation, Japan & Micronesia 等を経て、現在、Weft Hospitality 代表取締役。京都市観光協会アドバイザー、京都府参与。