中国が掲げる「一帯一路」構想について考える2回シリーズ。前編では中国側の事情を中心に見てきたが、後編では、国際関係の中に一帯一路構想を位置付け、途上国や国際社会にどのような影響、変化をもたらしたかを見ていきたい。引き続き、中国の国際関係を研究する、立命館大学グローバル教養学部の廣野美和教授に解説していただく。
● 途上国に中国からの融資に対する警戒感が広がっている
● 「スモール・アンド・スマート」に舵を切った一帯一路
● SDGsに配慮した開発構想「GDI」に注目
● 一帯一路を推進する上で中国が重視するのは「周辺国の安定」
● 日本の過去の経済支援の反省は、一帯一路にいかされるか?
「スリランカのようにはなりたくない」という声が広がっている
一帯一路構想に基づく中国の経済進出のネガティブな事例としてよく言われるのが、スリランカだ。
21世紀海上シルクロードのルート上に位置するスリランカは、中国から多額の融資を受け、電力・灌漑・港湾・空港・鉄道・高速道路といったインフラ整備を進めていた。しかし、返済が滞り、2017年、ハンバンドタ港を99年間にわたって中国国有企業に貸し出すことになってしまった。
廣野教授は、中国のプロジェクトに関するフィールドワークのため、モルディブ、ネパール、マレーシア、ミャンマー、エチオピアなど多くの途上国を訪ねている。この2、3年、よく聞かれたのが、「スリランカのようにはなりたくない」という声だったという。
「返済能力を超えた過剰融資を受けた国が、債務の返済に苦しんだ結果、建設したインフラ施設などを融資国に権益譲渡することを『債務のわな』と言いますが、この『債務のわな』に関する報道が、本当に大きな問題として、途上国の一帯一路対応に影響を与えています。
ただし、実際に債務のわなに掛かって苦しんでいるとは限らず、多くの国が、『スリランカのようになりたくないので、中国からの借金には十分に気を付けなければいけない』という問題意識が非常に高まっているという状況です。
権威主義的な国の場合、IMF(国際通貨基金)など、融資にあたって民主化を要求するようなところからお金を借りるのが難しい。中国の融資は、強権的な政治を行うエリートからは大きな希望として捉えられてきました。そのような国々では、今も中国の融資に期待する声が大きい一方で、これまでのように手放しに融資を歓迎するわけにもいかず、債務持続可能性に対する意識が高まりつつあります」(廣野教授、以下同じ)
一帯一路のこれからの重点は「スモール・アンド・スマート」
中国の投資政策は、途上国のインフラ整備を大きく進捗させたという意味でのポジティブな面がある一方、スリランカの事例にとどまらず、「実施された投資案件に関わる人権や環境への配慮が不十分であるという点で、国際社会から大きな批判が起こっている」と、廣野教授は指摘する。
そうした批判を受け、中国の政策がどう変化しているのかを、次に見ていこう。
「第3回『一帯一路』国際協力サミットフォーラムで、中国は『大規模な一帯一路を継続はするが、これからはスモール・アンド・スマートな人々の生計に関わるプログラムも実施していく』という言い方をしていました。つまり、より小規模で、人々の暮らしに直結するプロジェクトを進めていくことを打ち出しています。
なぜ、こうした方向性を打ち出したのかというと、スリランカを代表事例として巻き起こった中国に対する批判に、責任ある大国として新たな方向性を打ち出さねばならないと考えたからだと思います」
もう一点、第3回フォーラムで廣野教授が注目したのが、中国がグリーンインフラ、グリーンエネルギー、グリーン交通などの発展の促進を打ち出したことだ。中国は、電気自動車や太陽光発電産業など環境関連の投資を拡大させていくことを表明した。これは、中国も、投資を受け入れる側の一帯一路沿線国も、鉄道・道路・港湾といった大型投資だけではなく環境分野においても協力を進めていきたいと考えていることの表れであると同時に、中国がグローバル社会に貢献していこうとする姿勢を示すものだと廣野教授は捉えている。
一帯一路とは別に、“SDGsに沿った発展戦略”を打ち出した
中国の「責任ある大国としてのグローバルガバナンスへの貢献」(廣野教授)を考える上で非常に重要になってくるのが、「グローバル開発構想(Global Development Initiative、GDI)」だ。
「GDIとは2021年9月に習近平国家主席が提唱した構想で、『グローバルな開発をする上ではSDGsに沿った形の発展戦略が必要であり、中国はSDGsの達成に向けた取り組みを加速させていく』と大々的に謳っています。
一帯一路では大規模な投資、少なくともこれまで契約済みのプロジェクトは継続し、GDIではコミュニティに即した規模の小さい開発を社会的に配慮して行っていくことになると考えられます。一帯一路に対する批判をかわすと同時に、SDGsの推進を進めることで国際的なリーダーシップを担うねらいもあると思います。途上国のコミュニティがそうした小規模プロジェクトを望んでいるのであれば、どんどんやっていけばいいと思います。
予算規模や主管部署を比較するとGDIよりも一帯一路構想の方がずっと重要な位置付けになっていますが、構想の発表からまだ2年程度しか経っておらず、これからGDIがどのように発展していくのか、私を含め中国研究者が注目しています」
中国が一番に求めているのは、一帯一路周辺地域の「安定」
現下の国際関係を考えるとき、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとガザの軍事衝突の影響を無視することはできない。東欧も、中東も、一帯一路のルートに含まれるような地域だが、軍事紛争は一帯一路構想にどのような影響を及ぼすのだろうか。
「ウクライナやガザに限らず、世界の各地で紛争は起こっています。それらの地域紛争に中国はどう対処していこうとしているのか。一番の出発点として押さえるべきは『中国は一体国際関係に何を求めているのか』という点です。
そもそも、一帯一路は、中国の経済発展をできる限り保持し、経済成長率の低下をソフトランディングさせるところに原点があります。その原点に立って紛争がどう見えるかというと、『紛争が起きれば、これまで造ってきたインフラを使うことすらできなくなる。経済活動にとって大きな打撃だ』ということになります。
そこで中国は、一番に『安定』を求めます。人権や社会課題の改善よりも、国や地域の安定を求めなければ経済活動に支障をきたすという点が非常に重要なのです。中国が紛争を仲裁するかどうか、どの程度ロシアに賛同するのか、そうしたことを考える上で、もちろん国と国の関係も大事ですが、『何をすればその地域が安定化に向かうのか』が根本になると思います。つまり、一帯一路で築きつつあるインフラを守るために、あるいは、中国の経済活動を守るために必要な外交は何かを考えていくことになるでしょう。
走出去(中国企業の海外への進出)政策が始まってからの変遷を見ていると、投資をする際はビジネスそのものだけを考えておけば良いというかつての考え方からはすでに脱却したとみて良いでしょう。中国外交の発展を見ると、投資先現地の政治と中国の経済活動は絶対に切り離しては考えられないということを、中国自身が深く学んできたことがわかります。中国は不干渉政策を外交の基本方針として掲げていますが、紛争が起これば、現地の治安の安定を守るためのある程度の関与は必要だという考え方は、中国の中に定着してきたと思います」
米国・日本・豪州は一帯一路に対抗しようと動き始めている
最後に、米国と日本の対応について見ていこう。
米国は、一帯一路の経済圏から地理的にも概念的にも外れているだけでなく、当初から一帯一路構想に対し非常に批判的なスタンスを取り続けている。このことをどう見るか、廣野教授は次のように解説する。
「米国と日本、そしてオーストラリアは、一帯一路に対抗していこうという動きを取っています。例えば、G7ではグローバル・インフラ投資パートナーシップが立ち上がっていますし、IPEF(インド太平洋経済枠組み)においてもインフラ投資や脱炭素エネルギーに関して途上国支援を打ち出しています。
こうした米・日・豪の政策決定の前提としてあるのが、『中国は一帯一路を通じて覇権を握ることを目指そうとしている』という認識です。しかし、一帯一路を巡っては言説が先走っている状況で、実証的研究が決定的に不足しています。実証的裏付けもなく『中国は覇権を求めている』と捉えて政策を決定しているのであれば、それはとても危険なことだと私は思っています。
ただ、途上国からすれば、米中二つの大国から異なるプロジェクトが出され、どちらを取るかを選択できるような状態になっています。現地にとってどのようなプロジェクトがいいのか、中国側と米国側の双方が競い合って考えるようになれば、それは良い競争であり、途上国の発展という意味からも良いことだと思います。また、大国それぞれが、自らのアドバンテージを活かしたような相互補完的な関係性を探っていくことも重要だと思います。
一方で、大国間の競争が途上国に悪影響を及ぼすような競争になることは危惧されます。私が途上国に行ってインタビューすると、『両方あるのはいいことだが、巻き込まれたくない』という声を聞きます。イデオロギーよりも、経済発展・社会発展そのものを第一に考えている途上国にとって、『新冷戦』と言われるような状況は迷惑以外の何物でもありません」
確かに、近年、「米中摩擦」はさまざまなレベルで言われているが、その中で日本は、米国とは違う「非常に面白い立ち位置にいる」と、廣野教授は語る。
「中国が海外投資や途上国援助を考える上で手本にしてきたのが、日本です。その日本は、1980年代頃に国際社会から批判を受け、改善を図ってきたという経験を持ちます。ですから、日本には、中国と共有できる教訓がたくさんあるわけです。そうした実務的な部分に焦点を当て、日中両国が協力して、人権等も重視した形の途上国支援が進んでいくことを期待しています」
一帯一路構想を通して、中国の戦略だけでなく、国際関係の多様な側面が見えてきた。特に廣野教授の解説は、事実を積み重ねた冷静な議論がいかに大切かを教えてくれている。“中国の隣国”である日本としても、ニュートラルな視点で、中国の変化を見ていくことが重要だろう。
廣野美和
立命館大学グローバル教養学部副学部長、国際関係研究科教授、立命館先進研究アカデミー(RARA)アソシエイトフェロー。国際関係学博士。中国のグローバル問題について、特に紛争災害地での活動に注目して研究している。主要作に『一帯一路は何をもたらしたのか:中国問題と投資のジレンマ』(勁草書房、2021年)、China’s Evolving Approach to Peacekeeping (Routledge, 2012) 等。ノッティンガム大学で英国理事研究員(2008-15)、ハーバード大学ケネディースクールでフルブライトフェロー(2018-19)、中国社会科学院で訪問研究員(2003-04)を務める。