「リ・デザイン思考法」では、3つのステップで、これまでの延長線上にない革新的なアイデアを生み出す。この思考フォーマットの体系化に取り組んだ立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科(MOT)の湊宣明教授は、「誰でも、簡単に、新しいアイデアをつくり出すことができるだけでなく、実現可能性の高いコンセプトをアウトプットできる手法」だと語っている。前記事『優れた思考力を生む習慣とは? 『リ・デザイン思考法』が明かすイノベーションの原点』に引き続き、今回は「リ・デザイン思考」の3つのステップを紹介しながら、革新的アイデアが生まれる過程を追っていく。
《前半記事を読む》
● リ・デザイン思考法とは?
● 「要素分解」で異分野コラボレーションにおける座標ができる
● 『宇宙兄弟』にも共通の座標が生かされた
● ムリ・ムダ・ムラを恐れずにイノベーションに挑む
リ・デザイン思考法 基本の3ステップ
「リ・デザイン思考法」では、次の3つのステップで製品・サービスの新しいアイデアを生み出していく。
1 製品・サービスを誰でも理解しやすい形にする「PFM分解(要素分解)」
2 新たなターゲットを想定する「コンテクストの刷新」
3 新しいコンテクストに合わせた「要素の再構成」
コンテクスト(Context)とは、製品やサービスの利用環境のことだ。具体的には、誰が(WHO)、どこで(WHERE)、いつ(WHEN)、何を・何に対して(WHAT)その製品やサービスを使うのかを、これら4つの要素の組み合わせとして考える。コンテクストの設定に正解・不正解はないが、想定されるユーザーが製品・サービスをどのような環境で、どのように使うか、よくある「典型的なストーリー」を想像しながら具体化していく。たとえば、「鉛筆」であれば、小学生が(WHO)、教室で(WHERE)、授業中に(WHEN)、ノートに(WHAT)、というコンテクスト設定が考えられるだろう。
「ひらめき」の原点は、分解・可視化でスペシャリストが「共通の座標」を持つこと
STEP 1では、コンテクストを明確にした上で、対象となる製品・サービスを要素に分解し、可視化する。ここでの要素とは製品・サービスの目的、機能、手段のことを指す。すなわち、製品・サービスの目的は何か、その目的を達成するために必要な機能は何か、さらに、その機能を発揮するための具体的な手段は何か、という順序で思考を進め、製品やサービスを構成する要素を体系的に可視化していく。この「体系的に分解・可視化する作業」が、革新的なアイデアを生み出すためだけでなく、対話のためのツールとしても役に立つという。
「要素分解がなぜ必要かというと、1人の人間が全体を把握することが難しいからです。
私の専門であるシステムズエンジニアリングは、大規模で複雑なものを設計するための知識です。ロケットや人工衛星になると、何百万点もの部品があります。そのすべての部品を一人の人間が設計することは絶対に無理ですから、人がコントロール可能な大きさに設計対象を切り分けていくのです。
そして、切り分けたものをそれぞれの専門家に担当してもらい、彼らの専門知識を総動員して設計・開発した上で、部分を組み立てて全体として一つのものを作り上げていく、これがシステムズエンジニアリングの基本です。
全体を構成要素に一度分解してから再び要素を統合して全体として組み立て直すというアプローチを、新しい製品やサービスのアイデア創造に応用できないかと考えたのが『リ・デザイン思考法』のはじまりです。」(湊教授)
一度分解してから再び統合する、それだけを聞くと遠回りのように感じられる。なぜ、そのようなアプローチがイノベーションを生み出すアイデアにつながるのだろうか。湊教授によれば、「異なる才能を持つ多様な人材の思考力を最大限に活かすため」、だという。
「全体を要素に分解する最大のメリットは、思考に共通の『座標』を与えてくれることです。座標とは、空間内の位置を表現するための概念で、通常は数の組み合わせが用いられます。たとえば、地球における緯度や経度が座標です。互いに離れた場所に複数の人がいて、お互いに相手がどこにいるのかを認識しようとしたら、共通の座標が必要です。座標を最初に共有しておけば協調的な行動をとることができます。しかし、思考には座標とよべるものがありません。そのままの状態で思考を進めると、誰もが迷子になります。共通のフォーマットである思考法を用いて対象を分解・可視化しておけば、その結果が座標の役割を果たします。結果として、他者との効率的・効果的な思考が可能となるのです。グループで集まって革新的な製品やサービスのアイデアを考える場合には、リ・デザイン思考法を用いて最初に分解・可視化に取り組んでほしいと思います。それは、異なる価値観や知識を持つ、はじめての者同士が同じ土俵・視点に立って議論するためなのです」(湊教授)
社内の技術職と営業・マーケティング職、スペシャリストとジェネラリスト、あるいは、協業する複数の企業から集まった人々、そうしたさまざまに異なる分野の人のコラボレーションを促進させる思考フォーマットが、要素分解であり、リ・デザイン思考法なのだ。
『宇宙兄弟』の監修にも効果的だった“座標の共有”
山方氏も、「いろいろな分野の人がいるとき最も難しいことは、お互いが使っている言葉に対して同じイメージを持っているかどうかだ」と話す。そのとき、要素分解して対話することを意識してうまくいくようになったという。
「私は『宇宙兄弟』の監修をやっているのですが、作者の方とは畑がぜんぜん違っていて、最初のうちはこちらの言葉でいくら伝えても相手には伝わりませんでした。そこで、宇宙服の研究に取り組んだときの要素分解を意識したり、専門用語にわかりやすい補足の言葉を付けるといった話し方をするようになって、“共通の言葉”を見つけることができるようになりました。そのおかげで、『宇宙兄弟』が10年以上も続いているのだと思います」(山方氏)
「コンテクストの刷新」「要素の再構成」でイノベーションを生み出す
STEP 2は、「コンテクストの刷新」だ。このステップこそ、イノベーションを起こすための鍵となる重要なステップだ。製品やサービスの利用環境を、聞いたこともない斬新なコンテクストへと変更することで、イノベーションに繋がるアイデアの創造を促す。
具体的には、最初にコンテクストとして設定した「誰が(WHO)・どこで(WHERE)・いつ(WHEN)・何を・何に対して(WHAT)」の4つの要素について、ブレインストーミングを行う。このときのブレインストーミングに正解・不正解はない。できるだけたくさんの組み合わせを作り、コンテクストの選択肢を増やすことが求められる。前編で湊教授が指摘していた「思考の豊かさ」が大事な局面だ。この段階で思考を十分に発散させなければ、再び過去の延長線上のようなアイデアばかりが出てしまうだろう。
そして、最後のSTEP 3「要素の再構成」に入る。新しく設定した斬新なコンテクストを基に「ストーリーライン」をつくっていく。ここでのストーリーラインとは、ユーザーを想定し、その悩みを特定した上で、解決方法を文章で表現したもの。具体的には、①誰の(WHO)、②どのような悩みを(Issue)、③どのような方法で解決するか(Solution)を文章化する。ここでも正解・不正解はないので「思考の豊かさ」を意識することが大切だ。
この先の具体的な思考の進め方については、ぜひ『リ・デザイン思考法』をご覧いただきたい。練習問題や応用問題も用意されており、誰でも、簡単に実践的な思考法を体験することができる。
「ひらめき」を生み出すストーリーラインには、「ムダ」が必要
最後に、イノベーション創出を目的とした活動に従事する人に向けてアドバイスを聞いた。
「よく私がアドバイスするのは、『ムリ・ムダ・ムラ』をあえて受け入れよう、ということです。トヨタ生産方式に代表される日本のものづくりではムリ・ムダ・ムラを徹底的に排除することが推奨されます。今あるものを効率的に作るためにはそれでよいと思います。しかし、これに素直に従ってしまうと、革新的な製品やサービスのアイデアにたどり着くことは難しいでしょう。
まず、ムリをしてでも徹底的に突き詰めて考えること。そして、ムダでもいいから、とにかくたくさんアイデアの数を出してみること。最後に、さまざまなスペシャリストを集めた、ムラのあるメンバーでアイデアを考えること。イノベーションには『ムリ・ムダ・ムラ』を排除せずに、あえて受け入れるような覚悟が必要でしょう」(湊教授)
「先ほど湊先生の話にあった『ムダ』については、NASAの宇宙開発の現場でも、身をもって感じることが多いです。
彼らは頻繁に『What If(もしも)』を想定した議論をします。例えば『このロケットの打ち上げがうまくいかなかったら次のミッションはどうする?』と言って、まだ問題が何も起こっていないうちから、一生懸命に次のミッションのことを考え始めます。
また、ハードウェア開発を担当している人たちは、正式なプロジェクトになる前から『とりあえず模型でもいいから作ろう』と、実物大のプロトタイプを作ってしまう。それを見ながら「ああでもないこうでもない…」と議論する。取りあえず決まっているのは宇宙や月面で使用する道具を作ることだけです。それに対して、その道具だけでなく、国際宇宙ステーションや月面で関わるであろう周囲のシステムに関してもどんどん議論していく。もちろん企業では、無駄なコストをかけられないシーンも多いですが、そのくらい“ムダなことも含めて”突き詰めて考えていく。それが、イノベーションの源泉なのではないでしょうか」(山方氏)
イノベーションを生み出す道は、決して平坦ではない。泥臭く、愚直な姿勢は、いつの時代にも必要なスキルと言えるだろう。
湊宣明
立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科教授。1999年早稲田大学卒業、2007年仏Ecole Superieure de Commerce de Toulouse大学院修了(首席)。博士(システムエンジニアリング学、慶應義塾大学)。
2000年宇宙開発事業団[NASDA](現・宇宙航空研究開発機構[JAXA])入社。国際宇宙ステーション計画、システムズエンジニアリング推進等に従事した後、フランスへ留学。2009年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科助教、2011年同特任准教授。2015年より立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科准教授、2017年同教授。シンガポール国立大学[NUS]客員研究員(2019−2020)
山方健士
JAXAヒューストン駐在員事務所 所長代理。1996年米ボストン・カレッジ卒業、2000年筑波大学大学院修了。2000年宇宙開発事業団[NASDA](現・宇宙航空研究開発機構[JAXA])入社。日本人宇宙飛行士訓練担当、経営企画部門を経て、新事業促進部にて「冷却下着ベスト型」の開発をはじめとした宇宙技術の利用開拓に従事。
その後、国際宇宙ステーションに関する広報業務、及び宇宙日本食の戦略検討に従事。2020年7月よりヒューストンに駐在。有人宇宙開発業務に関わる。「モーニング」にて連載中の『宇宙兄弟』(講談社)及び「月刊!スピリッツ」にて連載中の『宇宙めし!』(小学館)の監修も行うほか、立命館大学の客員協力研究員としても活動。