高辻成彦氏と野口竜司氏はともに立命館大学政策科学部2000年卒の同窓生。さらに、1回生の基礎演習を同じクラスで学び、両氏ともビジネス本の著者であるという共通点を持つ。著者として、そして今後普及が進んでいくであろうAIの専門家と、AIとは一見、対立軸にあるアナリストに、今後の展望を語ってもらった。
立命館大学政策科学部卒業、早稲田大学ファイナンスMBA。
大学卒業後、経済産業省、ナブテスコの広報・IR担当などを経て、現在、フィスコでシニアエコノミストとシニアアナリストを兼務。ユーザベースのシニアアナリストとしては、SPEEDAの業界レポート作成し、経済ニュースアプリ・NewsPicksのコメント活動で8万人以上のフォロワーを得る。いちよし経済研究所ではシニアアナリストとして、取材活動をもとに年間300本以上のアナリストレポートを発行し、企業分析・企業価値評価を行う。近著は『IR戦略の実務』。
野口竜司 Ryuji Noguchi
立命館大学政策科学部卒業。ZOZOテクノロジーズVP of AI driven business。自身も「文系AI人材」として、AIビジネス推進や企業のAIネイティブ化に力を入れる。大学在学中に京都発ITベンチャーに参画。子会社社長や取締役として、レコメンド・ビッグデータ・AI・海外コマースなどの分野で新規事業を立ち上げ、その後、ZOZOグループに。大企業やスタートアップ向けのAI研修やAI推進アドバイザリーも提供。近著の『文系AI人材になる』は、重版を重ねるベストセラーに。
著者としての「伝えたい」というモチベーションが知識の深化につながる
――立命館大学の同窓生のお二人ですが、「ビジネス書の著者である」という共通点もお持ちです。ご自身が「著者である」ということについてはどのようにお考えでしょうか。
高辻:私は本業では経済や企業業績の現状や先行きを伝えるためのレポートを書いていますが、アナリストで扱えることには制約があります。本業では伝えられない分野について書きたいというモチベーションが、著者としての活動のきっかけです。私の専門業務は、調査業務ですが、個人の知見に依存している部分が大きいです。ですから、転職等でベテランがいなくなると、会社としてのナレッジが後退してしまうところに問題がありました。過去にナブテスコという機械メーカーで担当した広報・IR業務も同じで、ある会社のIR担当が退職すると、情報開示が後退します。そこで、共通項となる知見を見える化できるように、ビジネス書の出版に取り組むようになりました。
野口:私は近著『文系AI人材になる』という本で、共著を含めて10冊目になるのですが、私にとって執筆はすでにライフワークになっています。特定のテーマに対して書くことを通じて伝えなければと思うタイミングがくるので、そのタイミングに合わせて形にしています。
――「書く」「伝える」ということを意識したのはいつでしたか?また、「伝える」というフェーズを経てご自身の理解に変化などはあったのでしょうか。
高辻:調査業務についてから「伝える」ということを意識し始めました。著者になってからは、知っている人にとっては当たり前の知識でも、初心者の方にとってはわからない内容をいかにわかりやすく、簡潔に使えるかを日々意識しています。
野口:『文系AI人材になる』という本を出すときには、学生でもわかることを目指していました。書くときは具体的なターゲットを決めて、そこに届くように意識しています。執筆するにあたっては、間違いがあってはいけないので、自分に厳しくするきっかけにもなります。新たに調べ直すことで自分の幅が広がることにもつながると感じています。
それぞれの業界で高い専門性を持つ2人が、知見を自分の中だけに留めず広く社会に発信していく。著作という作業は、自らを客観視することにつながり、知識をさらに洗練させていく過程ともいえるだろう。
AI vs. アナリスト AIは仕事を奪う存在か?
――科学技術の進歩やコロナの影響などにより価値観が変わりつつある中で、企業分析やAIの活用も今後変化があるのではないかと思います。お互いの専門分野について聞いてみたいことはありますか。
高辻:AIは徐々に証券業界にも取り入れられ始めています。例えば、上場企業の決算発表時の財務分析。簡単なものであればAIの方が処理は早い。しかもアナリストより大量に扱えます。しかし、現在のコロナ禍のように、過去とは非連続な出来事が生じている状況では、AIの予測よりも、アナリストの長年の経験や培ってきた勘が大切な場合もあります。AIと人間では得意なものが違うので、共存できるのではないかと思っているのですが、AIの専門家として野口さんはどのように考えていますか?
野口:野口:AIにも色々なタイプがあります。証券業界で活用されている予測系AIはおっしゃる通り、人間と共存できると考えています。予測系AIは過去の学習データが生命線。今回の新型コロナウイルスのような誰も予想しなかった状況では役に立ちません。AIの普及が進む一方で、今後はどの業界においても、AIをいかに使いこなすかが重要になってくるのではないでしょうか。
では、私からも質問です。高辻さんのいらっしゃるアナリストという業界では、グローバルスタンダードの波のようなものの影響はどのくらいあるのでしょうか。
高辻:大手証券会社や外資系の会社は、国内の投資家だけでなく、海外の投資家も対象にサービスを展開しています。しかし、中堅証券会社では、国内で成長性のある中小型株企業のカバーに特化して差別化する動きもあります。すでに公表されている決算情報から財務分析をするのはAIでもできますが、決算短信に載っていないような業界情報や直接の取材情報などについては、AIではカバーしきれません。その部分に関しては、アナリストが取材先との人間関係を構築して、情報を聞き出すことが必要になります。スポットライトを浴びていない会社にも成長性の高い会社はあります。そのような会社を見つけて紹介をするということは、AIにはできない付加価値のある仕事だと思っています。
――AIと人とうまく分業ができているということですね。
高辻:そうですね。大量の情報を早く分析する場合はAIが圧倒的に優っているので、AIができることだけをしているアナリストは、今後淘汰されると思います。サービスの差別化ができていない企業は徐々に追い込まれていくのではないでしょうか。
「知識・経験をナレッジ化し、次の世代に伝えていきたい」
――これからの時代に求められる視点や仕事に向かう姿勢について、お考えをお聞かせください。
高辻:まずは自分の就きたい職業に関連した資格やスキルを磨いておくべきかと思います。資格を取っていればそれだけ理解するスピードが上がりますし、仕事の処理速度も上がります。私でいうと財務分析という仕事なので、簿記2級やビジネス会計検定2級などの基礎スキルがあるだけでもすぐに財務分析ができます。自分のビジネスの幅を広げる「ツール」をしっかりと身に付けておくことは今後も重要になるのではないでしょうか。
それから、我々2人の母校、立命館大学の在学生の皆さんに向けて申し上げるとするなら、ぜひ京都観光をお勧めしたいですね(笑)。
私は北野天満宮界隈の西陣のエリアが好きです。在学中に住んでいたこともありますし、町家が残っていてかつ住宅街で観光客がそんなに来ないです。学生街ならではの安いお店もありますし、時間がゆったり流れている感じが好きですね。贅沢な学生生活だったと思います。
野口:僕は京都御所がすごく好きで、理由は『何もない』ことなんです(笑)。よくあそこで頭を真っ白にして本読んだりしていました。一人当たり面積が広くて、空も広くて、色も木々の緑と砂利の白しかないので、頭をスッキリさせるためによく使っていました。今でも京都に寄るときはよく行きますよ。
――そんな野口さんからも、アドバイスをお願いします。
野口:「より広いコミュニティの中で発信する」ということが大事だと思っています。その一つの形として出版や講演、学生に関しては社会人が属しているようなコミュニティに入るなど、普段所属するコミュニティよりも広いところで自己表現をしてほしいですね。それによって自身が属している身近なコミュニティで新たな気づきがあったり、自分の自己表現に変化があったりするはずです。
――今後専門家、著者として、どんなことを伝えていきたいか、どのような存在になりたいか、将来のビジョンについてお聞かせください。
高辻:私は、仕事では経済や企業業績をわかりやすく伝え、ビジネス本では世の中のニーズのある分野をわかりやすくナレッジ化する取り組みを続けていければと思っています。とりわけ直近は『IR戦略の実務』という、上場企業の情報開示の基本に関するビジネス本を出版していますが、今後は上場企業のコーポレート・ガバナンスの改善にも取り組めたら、と思っています。
野口:『文系AI人材になる』という本のタイトルにも込めているんですが、より多くの人にAIを身近なものにするということをミッションに活動していけたらと思っています。ビジネスマンや会社に向けてだけでなく、学校現場においても、自著を中学校高校に献本するなどの活動を通して、先生たちのナレッジを上げ、ゆくゆくは生徒たちのAIナレッジ向上につながるような活動を今後もしていきたいですね。
当時はまだ珍しかった「政策系」の学部として設立された政策科学部を卒業した高辻氏と野口氏。設立間もない学部だったこともあり、学生には自ら考え活発に活動する人が多かったという。
高辻氏は経済・企業分析のプロ、野口氏はAIの専門家と、異なる分野に進んだ両氏だが、課題解決のための広い視野を持ち、自らのポリシーに基づいて活動していくという共通の姿勢は、変化の多い現代を生きる私たちにも大きな指針となるものだ。