世界的に脱プラスチックの動きが活発化する中、間伐材を使った日本発の「木のストロー」が注目を集めている。開発したのは、住宅メーカー「アキュラホーム」。海洋プラスチックの削減や森林保全に貢献するものとして評価され、G20大阪サミットの会合でも採用された。木のストローはどのように誕生したのか。そのプロジェクトの中心となったのは、意外にも経営やCSR、環境問題といった業務を担う部門ではなく、広課を担当するひとりのスタッフだったという。
カンナで薄くスライスした間伐材が「木のストロー」になる
木のストローは、間伐材から作られたストローだ。スギを0.15mm程に削り、その薄くスライスされた木材を巻いてストロー状に加工している。プラスチック製や紙製のストローとは異なり、木の質感を活かした温かみのある風合いが特徴だ。
2018年12月に木のストローが発表された当時、世界で「海洋プラスチック」が大きな問題となっていた。絶滅危惧種のウミガメの鼻に刺さったストローを抜き取る痛々しい動画がネットで拡散され、世界的にプラスチック製のストローを削減する動きが加速。日本でも、外食店でプラスチック製ストローの提供中止、または紙ストローへの切り替えが盛んに行われるようになった。
木のストローは、このような世界的なムーブメントの中で誕生し、高い注目を集めた。発表と同時に多くのメディアで報道され、G20大阪サミットでも使用されることとなった。
なぜ住宅メーカーから「木のストロー」が生まれたのか?
この「木のストロー」が、住宅メーカーの広報担当によって作られたと聞いて、不思議に感じる人も多いだろう。注文住宅を手掛けるアキュラホームにとって、ストロー開発は事業領域外のこと。広報の役割は自社の取り組みを世間に発信することであり、木のストロー開発とは関連性がない。
では、いったいなぜ広報からプロジェクトが始まったのか。実は木のストロー誕生には、アキュラホーム広報課の西口彩乃氏が広報業務の中で築いた「メディア記者とのつながり」がきっかけになっているという。
「以前から親交があり、環境ジャーナリストの竹田有里さんの電話から、すべてが始まりました。竹田さんから連絡があった2018年7月は、西日本豪雨が発生した時期でした。竹田さんが豪雨被害の大きかった岡山県を取材された際、森林の間伐が適切にされなかったことで豪雨被害が甚大化したため、地元の人が『人災だ』と表現したことに衝撃を受けたそうです。人工林は、木がしっかり根を張るために年2回の間伐が必要です。しかし細くて弱く、節が多い間伐材は木材としての需要がほぼないため、間伐が適切にされていませんでした。結果、西日本豪雨で間伐されなかった木々が流され、被害が甚大化したのです。
この取材から竹田さんは間伐材を有効活用する方法を考え、プラスチックストローに変わる『木のストロー』を作れないかと相談してくださったんです」(西口氏、以下同じ)
木のストロー開発に興味を持った西口氏は、早速ストローの試作を始めた。自身を「やりたいと思ったことは実行する性格」だと話す西口氏は、通常の広報業務の合間をぬって木のストロー開発に取り組むと決意。当初、社内では本業と無関係のストロー開発に懐疑的な声も少なくなかったが、西口氏は木のストローが「木を通じた環境問題へのアプローチ」になると説得を続けた。
「木のストローが住宅メーカーのビジネスに直接関係なくても、これからは木を扱う会社として、木のストローを通じて環境問題にアプローチするべきだと伝えました。やがて社長をはじめ多くの人に背中を押してもらい、ストロー開発を本格的にスタートできました」
とはいえ、前例のない木のストロー開発は難航した。細い木の棒に穴を開ける方法、溝を切った木材を貼り合わせて周りを削っていく方法、薄い木のシートを丸めて筒にする方法…。付き合いのある工務店などを回り、無理を承知で試作を依頼する日々が続いた。
熱意と想いが人を動かし、プロジェクトは世界的な話題に
試行錯誤の結果、「薄い木のシートを筒状に丸める方法」で、ストローの製造については一旦の目処がついた。広報課の人脈から始まったプロジェクトは、住宅メーカーの人脈でカタチとなったのだ。同時に、プロジェクトは「人のつながり」によってさらに大きな流れを生んでいくことになる。
そのきっかけになったのが、東京赤坂にあるザ・キャピトルホテル 東急の存在だ。ある記者からホテルの副総支配人を紹介された縁で、木のストロー最初の導入先として手を上げてくれたのだ。
「木のストローはまだ未完成で、値段すら決まっていない段階にもかかわらず、副総支配人は『木のストローはホテルの雰囲気にピッタリなので、世界初の木のストローができたら絶対に導入したい』と導入を検討していただきました。そこから開発過程でホテルの方々にも協力いただいた結果、想像以上に上質な木のストローが完成したんです」
完成した木のストローは、想像をはるかに超える反響を呼んだ。2018年12月に開いた記者会見は、テレビ局全局や新聞全紙、海外メディアまで押し寄せ、多くのメディアで報道された。記者会見後も、多い日では1日30件以上の問合せに対応。アキュラホームにとっても、このような規模で世間の話題にのぼることは初めての経験だった。
多くのメディアで報道されたことが、2019年に行われたG20大阪サミットでの採用にもつながっていく。木のストローに関する記事を見た当時の環境省の担当者より、ぜひG20で使用したいと声をかけられたのだ。
「G20での重要な議題の1つに、海洋プラスチック問題がありました。特に大阪サミットは日本初開催のG20サミットだったため、会場でもペットボトルやプラスチック製品は徹底的に排除する方針でした。そこで、プラスチックストローの代替として木のストローが選ばれたのです。最初はG20の一部の会合だけで採用される予定でしたが、林野庁の方が全省庁の担当者に木のストローを紹介してくれたため、結果的にG20の全会合で木のストローが採用されることになりました」
人の想いが人を動かし、やがて大きな流れとなっていく。西口氏と竹田記者から始まった小さな一歩は、瞬く間に人を引きつけ、1年を待たずに国際的な舞台で評価されることになった。広報課のミッションを越えて始まったプロジェクトは、結果的に極めて大きな広報的価値を生み出したのだ。
未知・未経験の領域でもいい。熱意と推進力が人生を変える
木のストロー誕生から1年。アキュラホームはSDGs未来都市である横浜市と連携し、木のストローを通じた地産地消に取り組んできた。横浜市が保有する水源地の間伐材を材料にし、市内の障害者の方々がストローを製造。そのストローを、横浜のホテルで提供するモデルだ。
「木のストローが世界で使われるようになるためには、アキュラホームの力だけでは足りません。ノウハウ提供や品質管理を行うことで、木のストローが普及するモデルの構築を作ることが重要だと考えました。
今後は、木のストローの手作りキットの販売も開始します。教育現場などで活用していただくことで、ストローづくりを通して、環境保全や海洋プラスチック問題、森林保全などさまざまな環境問題を考えるきっかけになればいいと思っています」
立命館大学理工学部を卒業した西口氏は、家にまつわる仕事がしたいと、アキュラホームに入社した。「環境問題について、意識が特に高かったわけでもないんです」と話す西口氏だが、人との縁が縁を呼び、世界的な注目を集める成果を挙げた。
経験や知識があるかどうかではなく、持っているつながりをたどりながら「目的に向かってプロジェクトを推進していく力」が、西口氏自身の人生はもちろんのこと、アキュラホームの企業イメージにも影響を与えた。
未知の領域であっても、自分のモチベーションを信じて物事を進める力。それが、イノベーションの原点となる。木のストローが世界で当たり前に使われる日も、それほど遠くないかもしれない。