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AIとの協調が最適解生む マルチエージェントシステムが示唆する人間とAIの関係

2020年10月20日




自動運転のような革新的な技術を実社会で導入するには、影響やリスクの事前シミュレーションが欠かせない。しかし実地にシミュレーションや実証実験を行うにはきわめて多くの時間とコスト、許可などが必要で、長期間のシミュレーションは困難といえる。そこで注目されているのが、コンピューター上で行う社会シミュレーションだ。
その社会シミュレーションを支える技術が、人工知能(AI)を基盤とする「マルチエージェントシステム」(Multi-Agent System, MAS)だ。マルチエージェントシステムの専門家である立命館大学情報理工学部の服部宏充教授に、滋賀県で進んでいる交通シミュレーションや、『人間とAIの関係』『AI倫理』などについてうかがった。

複数のエージェント(AI)が社会のモデルを描き出す

社会シミュレーションとは、災害や都市問題などの予測不能な社会現象を主にコンピューター上でモデル化し、現象の背後にあるメカニズムを探ることを指す。そしてマルチエージェントシステム(以下、MASと略記)は、社会シミュレーションにおいて重要な役割を担う。MASのシステム内では、自律的に意思決定を行う人工知能(AI)である「エージェント」が複数存在し、仮想的な社会を形成。これらエージェント同士の協力的ないし競争的な相互作用からは現実社会と同じように多様な社会現象が生まれる。

「MASを用いた社会シミュレーションは、マルチエージェントシミュレーションと呼ばれます。社会における人々の行動は、テクノロジーや社会制度によって予想もしない変化をするもので、適切に制御する仕組みを見出すのは容易ではありません。マルチエージェントシミュレーションでは、環境や条件を変えながら社会変化の背景にあるメカニズムを知ることができるため、社会システム設計や、社会現象の理解・分析という側面において人間の意思決定を支援する可能性を秘めているのです」(服部教授、以下同じ)

MASの専門家である服部教授は、特に交通分野を中心にしたシミュレーションを研究している。以前には京都市と協力して社会シミュレーションを実施したという。
京都一の繁華街、四条通は今でこそ片側1車線で歩道も広い道路だが、元々は片側2車線だった。『歩いて楽しいまち』を目指した京都市が歩道を広げ、2015年に現在の形を完成させた。

「この工事に先立って、片側1車線時の人や車の流れのシミュレーションも実地で行われましたが、実地の実験には、
・一度に一つの条件設定しか試せない
・準備に多くの時間、コスト、マンパワーがかかる
・天候や事故など当日の偶発的な出来事に結果が左右される

など、十分なデータを集めきれず、かつ不確実というデメリットがあります。
そこで私たちは、MASを用いて歩道を拡幅したときの交通状況をシミュレーションしたのです。しかし当時はコンピューターの処理力が限られていたので街全体のシミュレーションは難しく、やりきれなかったところはありました」

「公共交通機関がダメになるかも」行政の強い危機感が背景に

その後、コンピューターの処理能力は大幅に向上した。現在、服部教授は滋賀県と協力して草津市の交通シミュレーションに取り組んでいる。
滋賀県では少子高齢化や過疎を背景に、『公共交通機関がいずれ持続不可能になってしまうかもしれない』という危機感が行政の間で非常に強い。そこで、自動運転バスの導入など総合的な未来の交通をシミュレーションするべく、私も協力しています」
県内の一部地域ではバスやタクシーの運転手の高齢化が目立ち、危機感は大きい。実際、県庁所在地の大津市も2019年、民間企業などと協力して自動運転バスの実証実験を行った。2020年12月からの実用化を目指しているという。
このような現状をふまえて服部教授自身も「公共交通を維持するには自動運転がもっとも現実的な選択肢ではないか」と考える。いま取り組むのは、研究エリア(南草津市の大学キャンパス周辺)の現実に即したシミュレーション・モデルの作成だ。
「精度の高い交通モデルを作ろうと、日本道路交通情報センターが定期公開している周辺30地点の交通量データを活用しています。100%の再現は不可能ですが、その地点ごとの精度を高めることで全体の精度も底上げできると考えています。モデルの精度が高くなれば、バスのルート変更・便数増減や、自動運転車の専用車線の導入など、さまざまな施策や戦略を事前にシミュレーションし、生じうる社会変化を分析・予測できるようになるでしょう

「人間とAIの協働」が最高のパフォーマンスを生み出す

MASは今後、扱えるデータ量の増大などにともなってより正確なシミュレーションを可能にすると考えられる。その先に浮かび上がってくるのは、いま注目される『AIと人間の関係』『AI倫理』といった課題だ。

「近年のIoT技術の発達は著しく、いろいろなモノがコンピューターやセンサーを内蔵しています。そのため『人間をサポートするソフトウェア』としてのエージェントが実現しやすくなっているのです。
将来的には各エージェントが相互に通信し、それぞれの要望や事情をうまく集約しながら、『明日はここが混むから別ルートを提案しよう』など、エージェントのネットワークがスムーズな交通手段を用意してくれるようになるかもしれません。MASは大きな可能性を秘めた分野なのです」

もちろん、このような将来像に関して「人間が頭を使わなくなってしまうのでは」「AIに行動をコントロールされるようだ」といった批判的な反応があることは服部教授も理解している。

「どんなことをエージェントが代行するか、という範囲が問題なのだと思います。『どんなルートで移動するか』『バスか、それともUberか』などの手段的な面についてはエージェントに任せるほうが人間の負担は減るし、行政サービスのレベルも維持できるのではないでしょうか。反対に、『移動先で何をするか、どんな人と会うか』などの目的的な行為に関しては、当然人間が考えるべきです」

このように人間とエージェント(AI)が協力して最適な手段を選ぶというビジョンはかなり未来的に感じられるが、チェスの世界では既に例があるという。

「よく知られているように、チェスでは90年代後半にディープ・ブルーというAIが世界王者に勝利し、AIが人間よりも強いことが示されました。
その後、チェス界では人間とAIが自由にチームを組めるフリースタイルチェスというリーグ戦が行われました。人間だけ、AIだけというチームも組んでよいリーグです。『AIだけのチームが強いに決まっている』と思ってしまいますよね。
ところが実際は、意外にも人間と複数AIの混成チームが一番強かったそうです。AIが出した計算結果を人間が検討するという戦略が、AI単体よりも優れていたのです」

AIと協働してAI単体以上のパフォーマンスを出すことは『ケンタウロス現象』と呼ばれる。チェスのように要素の限られたモデルですら、人間とAIの協働のほうが優れていたことは、チェスよりもはるかに複雑な人間社会でも人間こそが最適な判断を下せる主体であろうことを示唆する。
また、シミュレーションから判断まですべてをAIに任せてしまっては、たとえば採算の取れないバス路線を廃止して少数の交通弱者が犠牲になるなど、非倫理的な政策やビジネスが優位とされてしまう危険もある。

「何らかのシステムやルールを導入した結果がどうなるのか、人間の予測能力には限界があります。コンピューターのシミュレーション結果を見て、人間が最終的な意思決定を行うという関係性が、AIの進化が今後ますます進むこれからの時代で一つの理想ではないでしょうか」

AIといえば“人間の仕事を奪う”という側面ばかりが強調されがちだが、AIの普及を避けることはできないし、またそうすべきでもないはずだ。AIは、誰に対してもパフォーマンスを底上げしてくれる可能性を秘めている。文系・理系を問わず適切に活用し、意思決定のパートナーとすることが、将来的に一つのスタンダードとなるだろう。

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