コミュニケーションの本質をさまざまな視点から考えるために、人工知能、神経科学、組織心理学と、通常はまったく異なる分野の研究に携わる3人の教授に集まってもらった。しかし全員、まったくの初対面。スムーズに打ち解けて語り合うには、限られた時間のなかで、普段の研究内容やお互いの考え方を理解し合いたい。
そこで、参加者の一人、谷口忠大教授が考案した『ビブリオバトル』を、鼎談の前に行ってもらった。持ち寄る本のテーマは、もちろん「コミュニケーション」。
3人の教授たちはどんな本を持ち寄り、5分間の発表時間で何を語るのか。『人を通して本を知る。本を通して人を知る』、教授たちによるコミュニケーションゲームをのぞいてみよう。
※ビブリオバトルのルールや詳細については、こちらの記事をご参考ください
(参加いただいた教授)
・立命館大学 情報理工学部 谷口 忠大 教授
・立命館大学大学院 先端総合学術研究科 美馬 達哉 教授
・立命館大学 スポーツ健康科学部 山浦 一保 教授 (発表順)
「コミュニケーションを考える」キャリアの原点となった1冊
〜 立命館大学 情報理工学部 谷口 忠大 教授
谷口です。情報理工学部におります。専門はAI、ロボティクスがメインと言うことが多いです。ビブリオバトルの発案者ということからもわかるように、人間のコミュニケーション場を扱う研究もしています。
「ビブリオバトルとAIやロボティクスって全然違うじゃん?」と言われますが、僕の中ではつながっていたりします。僕にとっての探究は、人間にとって意味の源泉ってなんだろう、人間のコミュニケーションってなんだろうということだったりします。
「どうして人と人はわかりあえないんだろう?」
「人の頭の中はのぞけないのに、なんで言葉で通じるんだろう? 正しく通じているように感じるんだろうか?」
そういうことを、AIやロボティクスの研究で人間のような知能をつくることによって理解する。そういうモチベーションがあるんです。こんなことを言うと語弊があるかもしれませんが、個人としては、ただロボットをつくりたいがためだけにロボットの研究をしている訳ではないんですね(笑) 。
それはさておき。難しいのは、例えば「AIやロボットにおけるコミュニケーション」というときに、単なる「情報伝達」と捉えられることが多いことです。それは振り返ると、シャノン・ウィーバー(※1)の論文の影響があります。「Communication」って、直訳すると「通信」なんですね。情報をエンコードした信号を、相手側にいかに損失なく伝えるか。そういう工学的な問題として認識されます。しかし、それはある意味、狭義のコミュニケーションなんです。
シャノン自身が論文のなかで、「意味の問題などは工学的に扱いづらいので、いったん無視する」と言っています。人間の「コミュニケーション」の中で「意味の問題を無視する」というのはありえない話のように思いますが、そのおかげで、今の自然言語処理とか、インターネットの通信とか、さまざまなものにつながる情報理論が出来上がりました。
ただ、シャノンの情報理論のインパクトは非常に強く、その後の社会学などいろいろな分野において、「土管のようなものを通じて信号を伝達することが、コミュニケーションだ」と捉えられがちです。シャノン・ウィーバーのコミュニケーション論は、僕らのコミュニケーション観を強く捻じ曲げてしまった。それが20世紀の“情報通信”コミュニケーション観だと思うんですね。
しかし、その捉え方では「落とされる」ものがいっぱいあります。僕らの日常のコミュニケーションというものは、もっと広いものなので、そこを取り戻す研究が大切だと考えています。
このビブリオバトルも、コミュニケーションの場をデザインすることによって、良いコミュニケーションを生み出そうとする取り組みです。AIやロボットは、「認知する主体」という視点を構成することによって、「人は、単なる言葉をどうやって意味付けしているのか」、「どうやって言葉を皆でつくっていくのか」というように、生成的にというか、ボトムアップな視点からコミュニケーションを考える取り組みです。
で、(手をパチンとたたく)ですね。
そのようなときには、コミュニケーション観、情報観、情報とはなんぞやというものを、やはり哲学的に捉え直す立場が必要になると考えています。
私たちの学生時代の頃は「現代思想」などがまだまだ盛り上がっていて、僕も好きでした。ここでやっと本を出しますと、紹介するのは西垣 通先生の『基礎情報学』です。
東大にいらっしゃった先生で、もともと西垣先生ご自身が僕たちの一世代前のAIの研究者でした。そこから社会学や思想の研究に移られています。
僕はこの本に博士課程のときに出会いました。それまで興味を持っていた「オートポイエーシス(※2)」や「記号論」、ピアジェの「発達心理学」などなど、それらと非常に共鳴するものがありました。
編集者が添えたのだと思いますが、この本の帯には『シャノン&ウィーバーの情報理論を超えて』と書いてあり、当時かなりインスパイアされました。
ただ、この本の中には、僕がやっているような構成論的なアプローチ、ロボットを使ったりAIを使ったりは書かれていませんでした。それを埋めようとして、僕自身、博士課程の研究やこれまでのキャリアを積んできたという経緯があります。
もう、発表の残り時間がなくなってしまいましたが、おすすめしたい本です。
(※1)シャノン・ウィーバー:特集1記事目「そもそも、コミュニケーションとは何だろう? 3人の教授と、その本質を探る」参照
(※2)オートポイエーシス:自己生産と訳される。システムを構成する要素が、システムに先立って存在するのではなく、システムの存在があって初めて構成され得ることを指す。第三世代システム論とも呼ばれる思想の中心的な概念。
漫画から、医学的なアプローチでコミュニケーションを探る
〜 立命館大学大学院 先端総合学術研究科 美馬 達哉 教授
先端総合学術研究科(以下 先端研)の美馬です。何を専門としているかお話しするときは、いつも困るのですが、一つは元々、そして今もほそぼそやっている脳神経内科の医者で、臨床をしています。二つ目は、先ほどの谷口先生のお話にもあったような知能について。神経科学について研究しています。ここまでは理系のお話です。
もう一つ、この先端研というところでは、社会学、医療社会学という文系の学問をやっていまして、これら三つのことを同時にやっているという状況です。
今日は、どんな本にしようか迷ったのですが、ビブリオバトル発案者がいるということで、なにか変化球を出さねばと思い、漫画を持ってきました。
『旦那さんはアスペルガー』という本です。アスペルガーというのは医学用語ですけれども、今ネット上ではスラングに近い形で扱われていると思います。要は自閉スペクトラム症という、コミュニケーションに障害があって、うまく人と意思疎通ができないとか、人の心をうまく読むことができない人を指します。
これは、大学の教員であればうすうす知っていると思うのですが、工学部と医学部、情報理工の男性などに、かなりの率でこれに近い特性の方が存在するといわれています。
スペクトラムというのは、虹の七色と同じで、あいまいな連続で全てつながっている状態を指しています。自閉症スペクトラム症とは、「正常」から「ちょっと変」を経て「逸脱」までがつながっており、それら全部を指し示す言葉です。
この『旦那さんはアスペルガー』という本は、ご主人がアスペルガー症候群だということは後々わかったけれど、当初は「ちょっと変わった人だな」と思って結婚した女性の手記になります。なぜこの本を持ってきたかといいますと、今日は次の三つのことをお話ししようと思っていまして。
一つ目は障害と失敗ということについて。
二つ目はテクノロジーについて。
三つ目は翻訳ということについてです。
まず、一つ目の失敗について。これは、ざっくり言うとコミュニケーションの失敗で夫婦生活が破綻した話です。最初は「旦那さんの病名がわかってよかった」「対処法がわかりました。これでマニュアルを参考にやっていけます」という話だったんですが、やはりうまくいかなくなりまして、別居をします。そして最終的には離婚をします。
「どうやって、うまくコミュニケーションをとるか」という話が、いったん、それがうまくいかなくなると、「パートナーが人の心がわからない人だと、傷つく」「相談しても全然のってくれないので、気分が鬱になる」と移っていく。「カサンドラ症候群」といって、妻の「自分が病気にされた」というストーリーに変わるんですね。
ディスコミュニケーションには、「意思疎通がうまくいかない」だけでなく、そもそも「コミュニケーションを生むに至れない」という障害もあり、いろいろな問題が起きる場合があります。そして「誰のせい?」という答えのない問いにぶつかるのです。
そういった課題にアプローチする際、重要な役割を果たすのが二つ目のテクノロジーです。
先ほど谷口先生がおっしゃっていた構成論的なアプローチというのは、知能とか人間の脳や心を設計してつくり、シミュレーションすることによって理解するというものだと思います。
医学、神経科学では異なるアプローチをとり、「ある精神的な働きの壊れた人、つまり人の心を理解できない人がいるということはどういうことか」「その人とわかりあうにはどうするか」と考えます。そのときにテクノロジーが大きな役割を果たします。例えば、脳の活動を測る方法を見つけ出すなど、テクノロジーによってわかってくることがたくさんあります。
今、私の先端研・大学での役割の一つは、そういったテクノロジーなどを含めた理系の学問のあり方、医学の学問としてのあり方、診断のあり方、社会学や、障害と障害のある人との共生、つまりダイバーシティ&インクルージョンとよばれる価値などの間を、どうやって翻訳していくか考えることです。
「わからないことを理解する・伝え合う」ことと、「わかっているけれど言葉の使い方が違うのでわからない」ところをどうやってつなげていくか。この三つ目の翻訳も、コミュニケーションの重要なポイントかと思います。さらに尖ったことを考えていくと、「わからないけど一緒にやっていく」も翻訳の一種かもしれません。
ということで、障害と失敗とテクノロジー、翻訳を考えるきっかけということで、この本をおすすめします。
見えないものをいかに表現するかという、つながりの探索
〜 立命館大学 スポーツ健康科学部 山浦 一保 教授
スポーツ健康科学部の山浦と言います。よろしくお願いいたします。今日は2冊持ってきていて、どちらの本にしようか迷ったのですが、こちらに伺う直前に、学部の玄関でこの葉っぱを拾ったので、この葉っぱで話をしたいと思います。
今日この時間までに、みなさんがご覧になった風景ってどんなものがありましたか? あるいは、こういう葉っぱを見たときに、「何をつくろう」と思うでしょうか? ……何もつくらないですかね?
今日、私がこちらにしようと決めた本は、表紙がこんな感じです。
この葉っぱを使って、何がつくれるか、何を表現するか。作者は、日常を1枚の葉っぱに描き出すということに取り組んでいます。
例えば、1枚の葉っぱに人間が10人ほどいて、動物たちが並んでいるといった、精巧な作品たちと、それに対する3〜4行くらいのポエムが載っているんです。
この作者は、ADHDという発達障害を持っていて、非常に苦しんでいました。残金2万円という状態になり、この先自分はどうしたらいいのかと考えたときに、1枚の葉っぱとアートに出会ったところから始まった作品集になります。
実は私も2年ほど前に声が出なくなりまして、1年間ほど授業ができない状態でした。そのとき、あがいていた私は「言葉をどうやって出そうか」ということばかりに集中していたなと、この本を見たときに気づきました。
この作者はいろんな思いをして、社会からの排斥のようなことも味わってこられたと思うのですが、表現の方法はいろいろあるんだということを知らされました。
じっくり読んでいただいてもいいですし、パラパラとめくっていただいてもほっこりできるかと思います。人間って、実はこんなことを求めていて、シンプルなんだなということも感じさせられます。
ポエムを読んでから写真を見ることもできますし、写真で葉っぱの作品を見てから「どんなタイトルを付けようか」と考えることもできます。いろんな楽しみ方ができる1冊です。
今回のテーマがコミュニケーションということで、「ことのは」という意味もあるのですが、私がこの本でとても気に入っているのは、1枚の葉っぱのなかにいろんな動物がいて、風景があって、全てが1枚の葉っぱの中でつながっていることです。そして、作者の手が写されており、手と葉っぱがつながっている。さらに作品の額縁として自然が写しこまれており、自然や世界ともつながっています。
作者がいろんなつながりの中で、いろんなものを見て、いろんなことを感じ、作品にしているのだと思うと、人間はどれだけさまざまなものを見て、語り尽くせないものを心の中に持っているのかと、世界と人のつながりの深さを感じさせられます。
というわけで、私は、見えないものをいかにして表現していくかという組織心理学、組織のなかで、社会のなかで、人間がどうつながっていくかということを研究しています。ぜひ、この本を手にとって、いろんなことを感じとっていただければと思っています。
(時間が少し余ったので、さらにページを紹介しながら)
この本のタイトルは『いつでも君のそばにいる』なのですが、作者の方がなぜこの順番で作品を掲載しているのか、私はまだつながりを読み解けないでいます。作者の方はその順番も含めて構成されていらっしゃると思うので、いつか見えないものを読み取りたいなと思っています。
* * *
ビブリオバトルは、公式ルールにのっとり、各発表者5分間の発表と、3分の質疑応答(レポートは割愛)を行い、最後にチャンプ本を決定した。
発表者、当日集まったスタッフによる投票により、チャンプ本は山浦教授が紹介した『いつでも君のそばにいる』に決定! 投票のメモには、「今日ここに来る途中で、自分が見てきた景色と重なった」「一通りではない読み方が面白そう」という、共感を得たコメントが寄せられた。
コミュニケーションをテーマに持ち寄った本から、教授たちの視点を深く知るアイスブレイクとなった。
撮影/貝本正大、文/田中圭子、イラスト/武田侑大、ビジュアルディレクション/岩﨑祐貴
※本記事の撮影は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大予防対策として、出演者・撮影スタッフの体調管理、撮影現場でのマスク着用、撮影現場の換気、ソーシャルディスタンスの確保などを行ったうえで実施。撮影時のみマスクを外しています。
谷口忠大
日本学術振興会特別研究員、立命館大学助教、准教授を経て、2017年4月より立命館大学情報理工学部教授に就任。 人間の言語的・記号的コミュニケーションを支えるシステム概念として、記号創発システムを提唱。 ロボットや人工知能の構成を通じた構成論的理解や当該システム感に基づくコミュニケーションの場のデザインに取り組む。 本をゲーム形式で紹介しあう「ビブリオバトル」の考案者でもある。
美馬達哉
京都大学医学部医学科卒業。京都大学大学院医学研究科博士課程修了。米国国立健康研究所、京都大学大学院医学研究科などを経て、現在は立命館大学大学院先端総合学術研究科教授を務める。専門は医療社会学、脳神経内科学、神経科学。著書に『〈病〉のスペクタクル 生権力の政治学』、『リスク化される身体 現代医学と統治のテクノロジー』、『感染症社会』などがある。
山浦一保
立命館大学スポーツ健康科学部教授。専門は、産業・組織心理学、社会心理学。企業やスポーツチームにおける「リーダーシップ」と「人間関係構築」に関する心理学研究に従事。福知山線列車事故直後のJR西日本や、経営破綻直後のJALをはじめ、これまでに数多くの組織調査を現場で実施。個人がいきいきと働きながら組織が成果を上げるために、上司と部下はどのような関係を構築すればいいのか、理論と現場調査の両面から解明を試み続ける。