あなたは、子どもの「育ち」を支える大人ですか? いま社会に必要な「アタッチメント関係」とは

2025年3月13日


あなたは、子どもの「育ち」を支える大人ですか? いま社会に必要な「アタッチメント関係」とは

少子化は日本の大きな社会課題であり、政府も自治体もさまざまな子育て支援策を打ち出している。立命館大学産業社会学部の篠原郁子教授は、「日本の子育て支援は『子どもは親が育てるもの』を前提に、親を助けることに焦点が絞られすぎている」と指摘した上で、「親以外の大人が子どもにどう関わるべきかという視点も持つべきだ」と訴える。子どもの育ちを支えるために、親以外も含めた大人は子どもとどういった関係を構築することを目指せばよいのだろうか。

〈この記事のポイント〉
● 日本の子育て支援は「子育てをしている親」への支援中心
● 子どもは大人に「くっつく」(アタッチメント)ことで安心する
● 大人の役割は「安心の基地」「安全な避難所」
● 「子どもなりの気持ちを思う」ことの大切さ
● 「アタッチメント」は大人同士の関係にもある

日本の子育て支援は「子育てをしている親を助ける」ことに偏りがち

篠原教授は、発達心理学・教育心理学の研究者であり、子育て中の親でもある。研究者と親の両方の立場で子育てを経験し、あらためて気づいたことがあったという。

「学術書や研究活動を通して子どもの発達については多少知っていたつもりでしたが、実際に自分の子どもが生まれ、間近で観察するようになって、人間の発達の凄まじさ、不思議さを、これでもかと体験することになりました。
以前は、私自身『子どもの育ちには親が主体となって責任を持つもの』と受け止め、それを当然視してきた部分もありました。しかし実際には、子どもが育つ環境に親以外の多くの大人が関わり、さまざまな形で子どもに声を掛けたり気に掛けたりすることが、発達にとって非常にポジティブな影響を与えていると感じています。

ただ、日本の現在の子育て支援は『子育てをしている親を助ける』ことに偏りがちです。親への支援が充実するのは良いことですが、結果的に、親以外の大人が子どもたちに関わることの価値があまり認識されず、『親が多くを背負わなければならない』という構図が強調され維持されてしまうのではないかと懸念しています。
私たち大人は、親であるかどうかに関係なく、子どもたちの育ちに直接・間接に関わることができます。『子どもを育てている誰か(旧来、想定されてきた「親」)を支える』のではなく、親以外の大人たちが『自分も子どもの育ちを支える』という意識を持ち、子どもに繋がってほしいと思うのです」(篠原教授、以下同じ)

こうした問題意識を持って、篠原教授は、2024年3月に『子どものこころは大人と育つ: アタッチメント理論とメンタライジング』(光文社新書)を出版した。ここからは、同書の内容にも触れながら、子どもの育ちを支える人間関係について考えていこう。

篠原教授の著書「子どものこころは大人と育つ アタッチメント理論とメンタライジング (光文社新書 1302)」
篠原教授の著書「子どものこころは大人と育つ アタッチメント理論とメンタライジング (光文社新書 1302)」

子どもは、大人に「くっつく」ことで安心や安全を感じる

子どもは目の前にいる『この人』とのつながりを通して、社会を知ります。その意味で、子どもに関わるすべての大人は、子どもが安心して生きていける社会をつくり得る当事者といえます。
しかし、子どもに、『この人』は安心できる、『この人』は自分の存在を受け入れている、『この人』といれば何があっても大丈夫だと思えるといったことを、抽象的に教えることはできません。子どもがそう感じられるよう、実際に子どもとの間で具体的なやりとりをしていくしかありません

私たち大人は、子どもが社会で過ごしている中で、困ったことや嫌なことがあっても、「大丈夫」だという安心感を取り戻せるように支える存在である必要がある。そこに異論の余地はないだろう。では、子どもとのやりとりの中で、どうすれば具体的に子どもが安心できる、ほっとできる関係を作っていけるのだろうか。
ポイントは、大人が子どもの思いに目を向け、それに基づき関係を作っていくことにある。ここで役立つのが「アタッチメント理論」だと、篠原教授は言う。
「アタッチメント理論」は、イギリスの児童精神科医、ジョン・ボウルビィ(1907~1990)によって提唱された、子どもと、子どもにとって重要な大人との間に形成される関係を説明する心理学の理論だ。

アタッチメント理論の図

「『アタッチメント(attachment)』の意味には『着く』というものがあります。日本語では『愛着』と訳されていますが、ここで注目したいのは『愛』のほうではなく『着く』の方です。子どもは、落ち着かなかったり、寂しかったり怖かったりするとき、自分より大きく、強く、賢く、優しい大人に『くっつく』ことで、安心や安全を感じ、心の穏やかさを取り戻していきます。
『くっつく』ことは甘えや弱さではなく、むしろ反対の、自律した心の成長を支えるものです。必要とする時にいつでもくっつける関係が自分にはあるという心持ちが、しばしその関係から離れて自分で活動に挑戦することを可能にし、自律的に活動する人間の成長を支えます。これは、アタッチメント理論の中核です」

大人の役割は、子どもにとって「安心の基地」「安全な避難所」になること

アタッチメント理論の概要と視点は、クーパー、ホフマン、パウエルという3人の心理臨床実践家が考案し、Circle of Scurity International が提示している「安心感の輪」という概念図(リンク先参照)を使って説明されている。
輪の左側には親、右側には子どもの興味をひくものがある。

例えば、公園に遊びに行った場合。子どもは公園の中に遊びの対象となるものを見つけると、大人の元から離れ、その対象に向かって走り出していくだろう。このとき子どもの心は、「滑り台をやってみたい」「ジャングルジムで遊びたい」など、遊びや活動に向けた好奇心・興味であふれている。このように、子どもの気持ちが外に向かっている状態は、安心感の輪の“上半分”の円弧となる。

ただ、遊んでいる中で思うようにできなかったり、転んだりして心のエネルギーがしぼんでしまうと、子どもは大人の元へと戻ってくる。これが、安心感の輪の“下半分”の円弧となる。子どもは大人に慰めてもらったり抱きしめてもらったりすること、つまり大人と『くっつく』ことで、安心を取り戻す。また元気になって遊びたいという気持ちが膨らんでくると、再び子どもは輪の上半分へと歩み出す。

「安心感の輪の上半分、下半分、それぞれにおいて、子どもが大人に向けている気持ちに応えていくことが、大人の役割です。
安心感の輪の上半分、子どもの気持ちが外に向かうことを『世界への探索(探索活動)』と表現しますが、子どもの探索活動を支える大人の役割は『安心の基地』になることです。子どもが懸命に何かに取り組む姿を、その背中から『がんばれ』『ここで見てるよ』という気持ちで支える役割です。子どもは、自分を温かく支えてくれている『安心の基地』からのエールを十分に感じることで、自分の力を存分に発揮し、活動に自律的、自発的に打ち込むようになります。

一方、安心感の輪の下半分を支える大人の役割は、『安全な避難所』になることです。輪の下半分にいる時の子どもの気持ち、つまり、困ったこと、嫌なことがあったときに、子どもが駆け込むことができる避難所となり、子どもと一緒になって気持ちを整え、安心感を回復できるように支えることが、大人に求められているのです。
子どもは大人との関わりの中で『安心の基地』と『安全な避難所』を実際に経験することを通して、それらは頼りにできるという感覚を持つようになり、安心感の輪をくるくると回りながら日々を過ごします。そして、徐々に探索する世界を広げていき、多くのことを経験し、心を動かしながら、成長していくと考えられます

子どもなりの思いに目を向けることが大切

安心感の輪は、子どもと大人との間のアタッチメント関係の構築について、多くのことを教えてくれている。この輪に登場する大人は、「親」でなければならないということではない。子どもの周りにいる大人たちは、みんな、「安心の基地」になり「安全な避難所」になることができる可能性を持っている。だからこそ、親以外も含めた多くの大人に、子どもの安心感の輪を知っていてほしい、と篠原教授は話す。

「親に限らず、子どもに関わるいろいろな大人たちが、子どもの行動や表情を通して『子どもはこうしたいのかな』『こんなことを感じているのかな』と子どもの気持ちに思いを巡らせることは、とても大切な意味を持ちます。子どもはまだ自分の気持ちや考えを、上手に表現できない、言語化できないことがあります。それでも、子どもを見守る大人達には、『きっと子どもは子どもなりの気持ちや考えを持っているんだろうな』と思いながら、子どもの傍らにいて欲しいと思っています。相手が、たとえ小さな赤ちゃんであってもです。子どもの気持ちを考えてみることで、今は『安心の基地』を求めているのかもしれない、今は『確実な避難所』になってほしいのかもしれない、と、子どもに対する大人の関わり方について考えることにつながるのではないかと思います。

とはいえ、子どもには子どもの気持ちがあり、大人には大人の気持ちがあります。子どもの探索活動中、大人が『もっと頑張ってほしい』と思っていても子どもは『もう戻りたい』と感じている場合もありますし、逆に、子どもが挑戦したいと思っているのに大人が『危ないからやめて』といってしまうこともあります

子どもと大人のコミュニケーションにおける、こうしたズレは日常的に起こることです。しかし、だからこそ、こうしたとき、「大人が絶対正しいのだから大人の考えた通りにして当然」と構えるのではなくて、『子どもはどう感じているのか』という視点を持ち続けることを忘れないでいたいものです。『私(大人)はこう考えたんだけど、あなたはこう思っているんだね』と、子どもの気持ちも尊重し、それを言葉にして伝えると良いと思います。そうすることで、仮に子どものしてほしいことを実現できなくても、子どもは『この人は自分の気持ちを知ってくれている』と感じ、安心感を得ることができます。

子どもの思いにいつも全て応えることは現実的ではありませんし、それを目指す必要もありません。ただ、子どもの気持ちの存在に目を向けないことと、『こう思っているのは知っているよ』『でも、今はここまでしかできないのだけれど、どうかな?』と子どもの気持ちをスタート地点にして対話をしていくことには、大きな違いがあるように思います」

子どもなりの思いに目を向けることが大切

誰かの傍らで心のエネルギーを補充することは、弱さではない

ここまで「子どもの育ちをいかに支えるか」について考えてきた。子どもは「安心の基地」「安全な避難所」になってくれる大人との関係の中で、つまり安心感の輪の中で自由に動きながら成長していく。この構図は、子どもと大人の関係だけでなく、大人同士の関係にも当てはめることができるのではないだろうか。

「大人であっても、チャレンジをすればうまくいかないことがあります。そういう時、大人も不安になったり、心細くなったり、緊張や怖さを感じるものでしょう。そして、大人であっても、そんな嫌な気持ちから脱して、大丈夫だと感じたい、安心を取り戻したいと願います。これはまさに、アタッチメント欲求です。安心感を得ることの価値、大切さには、子どもと大人に違いはありません。アタッチメント理論を提唱したボウルビーは、人間は生まれてから死ぬまでアタッチメント欲求を持つこと、そして、そのアタッチメント欲求に応えてくれるアタッチメント対象との関係は、一生涯に亘って、大切なものであり続けることを論じています。

なお、大人のアタッチメント欲求に応えてくれる相手は、年上の人に限りません。大人にとっても自身の親がアタッチメント対象であり続けることはありますが、それに加えて、パートナー、親密な友人、同僚、仲間たちも、大切な存在となってきます。大人同士には、互いが互いに『安心の基地』や『安全な避難所』になって、相互に支え合うような関係が見られます。

例えば仕事での新しい案件や困難な課題に向き合う時、『大丈夫だ』『一緒にやろう』と支えてくれる上司や仲間がいると心強いものでしょう。実は『子育て』という営みも、子どもが生まれて初めて親になった大人にとっては、大きな挑戦の連続です。子育てでも、うまくいかないこともあれば、傷付くこともあります。ですから、子ども関わる大人にとっても、子どもとの関わりの中で困った時には『困った』『参った』と言える誰かがいることは大切です。話を聞いてくれて、頼りにできて、『まぁ、何とかなるよね』という気持ちを取り戻すことを助けてくれるような存在はかけがえのないものです。そういう誰かの傍らで、心のエネルギーを補充し、また挑戦に戻る。この過程は、決して弱さや失敗ではなく、何度でも次の挑戦に進んでいく、強さであるように思います」

「アタッチメントの視点で私が考えるこれからつくっていきたい社会は、子どもが存分に心を動かし、心を使える環境だ」と、篠原教授は語る。心は、楽しい、嬉しい時にも動くし、怖い、悲しい時にも動く。挑戦すれば、うまくいかないことも、嫌な気持ちになることもあるだろう。そんな時、一緒にいてくれる誰かと心を立て直すことで、また次の挑戦に向っていける。アタッチメント、安心感の価値を共有できる社会は、子どもにも大人にも、居心地の良い社会になるのだろう。そして、そうした社会をまずつくっていくのは、大人の役目なのだ。

立命館大学産業社会学部 篠原郁子教授

篠原郁子

立命館大学産業社会学部 教授。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。京都大学博士(教育学)。臨床発達心理士。専門は発達心理学、教育心理学。親子関係、保育・幼児教育、子どもの社会情緒的能力の発達について研究している。

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