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運動神経は小学校までで決まる? いま、子どもの運動能力を下げないために

2020年6月23日




2019年12月に発表されたスポーツ庁による小中学生の体力テストの結果報告では、体力・運動能力が著しく低下していることが指摘された。スマートフォンやゲームが普及し室内遊びが増えたことや、外で遊ぶ時間が減少していることなど、要因はさまざま考えられる。加えて、新型コロナウイルス感染拡大の影響から、子どもの運動機会がさらに制限されることも懸念されている。子どもたちの健康な体づくりのために、いま私たちにできることは何か?

スポーツクラブに通っていても不十分な「基礎の動きづくり」

子どもの体力低下と聞いて、スポーツクラブに子どもを通わせる親なら、「ウチには関係がない」と思うかもしれない。しかし子どもの体力・運動能力向上を研究する立命館大学 スポーツ健康科学部の上田憲嗣准教授は「スポーツクラブで専門的なトレーニングを積んでいる子でも、『体の基礎的な動き』がうまくできないことがあります」と注意を促す。

「例えば水泳を習っていて非常に早く泳げるけれど、ボールを投げさせるとフォームも動きもおかしいことがあります。幼少期から単一の競技や専門性の高いトレーニングだけをしていると、人間が備えておくべき基礎的な動きの一部が抜け落ちてしまうことがあるのです。
とはいえスポーツ習慣のある子どもは体力的には問題ない子どもが多いですが、そうでなければ、週に2〜3回の体育の授業だけが数少ない運動機会というケースも少なくありません。体力テストの結果では全体としての体力低下が注目されましたが、実際は運動能力の二極化が進んでいると考えられます」(上田准教授。以下同じ)

体力や運動能力が低い子どもたちの運動機会を増やすことが重要なのは言うまでもない。一方で、運動が得意な子でも「基礎的な動きができない」のも大きな問題だ。上田氏は基礎的な動き作りのために「動作コオーディネーション能力」が重要だと語る。

器官同士の調整(コオーディネーション)が体の動きを作っている

人間の体の動きは脳が司っている。それは事実だが、人間の動きが細部に至るまで脳にコントロールされているわけではない。

「ハンマーで釘を打つという単純な動作でさえ、肩関節、肘関節、手関節は釘を打つたびに揺らぎ、同じ軌道は描きません。しかし関節がどのような動きをしても、結果として私たちは釘を打つことができます。この仕組みについてロシアの生理学者ベルンシュタインは『人間の体の器官同士が調整し合って運動は成り立っている』と考えました。つまり、関節同士が互いに連動して、手関節が動けばそれを補うように肘関節、肩関節が動く。これが『動作コオーディネーション能力』です。一つの目的の動作に対して、頭で考えるのではなく体全体が協応し合うことで運動は成り立っているのです」

人間の体は関節可動域が広く柔軟な動きができる構造になっている。動きの自由度が高い分、全てをコントロールすることは難しい。そこで機能するのが動作コオーディネーションというわけだ。
その動作コオーディネーション能力は7つの下位能力で成り立っている。

①バランス能力:動作の中で体のバランスを保つ能力
②定位能力:自分の周囲のものや人の位置を把握する能力
③リズム化能力:リズムに合わせて体を動かす能力
④分化能力:力を加減する能力
⑤反応能力:外界の刺激に対して反応する能力
⑥結合能力:走りながらボールを投げるなど、別々の動きをつなげる能力
⑦変換能力:走り幅跳びのような、ある運動から別の運動に変換する能力

動作コオーディネーション能力に含まれるひとつひとつの能力を取り上げてみると、どれも日常の動作で欠かせない能力だ。この能力は何歳になっても鍛えることができるのか。それとも子ども期でないと身につかない能力なのだろうか。

神経系の成長は10代前半まで 持久力や筋力はそのあとでいい

「いつ動作コオーディネーション能力のトレーニングをするのが適切なのか。その根拠となるものの一つがスキャモンの発育発達曲線です。生まれてから成人までの期間において、体の各器官がどのように発達していくかを表しています。動作コオーディネーション能力、すなわち『神経系の発達』は、体の器官の中でも最も早く発達を始め、10代前半にはほぼ発達を終了します。つまり、児童期にどれだけ動作コオーディネーション能力を鍛えたかが、その後の運動能力・運動神経に影響を与えると考えられています」

生涯の運動神経が10代前半までの運動経験で決まってしまうのは驚きだ。それに加えて、子どもをトレーニングさせる際には体の発達を阻害しない内容であることにも留意しなければならないという。

「子ども期には1年に7〜8cmも身長が伸びる時期があります。無理なトレーニングは骨の伸長を阻害してしまう恐れがあるため、体の発達に合わせた運動指導が重要です。身長の伸びのピークを迎える前は動作コオーディネーション能力を念頭に基礎的な動きを体に覚えさせることを優先すべきでしょう。成長がピークを迎える頃から持久力、そしてピークを過ぎた後に筋力の強化を始めるのが望ましいといえます」

トレーニングマシンを使うような自重以上の負荷をかける筋トレは、成長の妨げとなるだけでなく、障害のリスクも生んでしまう。体への負荷をかけずに動きの基礎を作るため、将来のトップアスリートを育成する海外の指導者たちもコオーディネーショントレーニングを重要視しているという。

「ドイツではサッカーのトップリーグの下部組織にコオーディネーショントレーナーを配置しているチームもあります。将来の高いパフォーマンスを望むのであれば、子ども期にパフォーマンスを完成させるのではなく、基礎を作り可能性を広げておくことが重要です。
また、怪我の予防という点でも動作コオーディネーション能力は注目されています。パフォーマンスの向上を考えると同じ動作を繰り返し練習してしまいますが、体ができていない段階での反復練習は怪我の原因になります。まずはコオーディネーショントレーニングで多様な動きを体に習得させ、怪我をしづらい体を作ることが大切です」

屋内でもバランスボールで動作コオーディネーション能力UP

子どもの可能性を広げるためにも、いきなり専門的な練習をするのではなく、多様な運動経験を積み、基礎の動きを作ることが重要だ。その中でも上田氏は特にバランス能力を重点的にトレーニングすることを勧めている

「上肢・下肢のバランス、物を持っている時のバランスなど、バランス能力はスポーツの中だけでなく、日常の中でも非常に重要です。例えば、バランスボールに座った状態で足を床につかないで読書をする、バランスボールに乗った者同士で手をつないでバランスを取り合ってみるなど、バランスボールを使えば屋内でも楽しみながらトレーニングできます。慣れてきたら、負荷のかけ方を工夫してみましょう。バランスボールの上で左右違う重さのペットボトルを持つだけで、バランスはかなり変わります。
野球やサッカーをしている子どもなら、利き腕や利き足と逆の手足で練習したり、ボールの種類を変えてトレーニングするのも効果的です。少し環境や条件を変えるだけで、動作のバリエーションがかなり変わるため、動作コオーディネーション能力の向上に効果があります」

現在子育て中の親世代は、幼少期に整地もされていない空き地を走り回り、身の回りのものを投げたり転がしたりするような遊びを日常的に行っていた。その遊びを通して、体の動かし方、つまり動作コオーディネーション能力を獲得していたのだろう。いま、子どもたちが置かれた社会環境や、コロナ禍の影響を踏まえ、子どもたちの将来に関わる運動能力をサポートする必要がある。

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上田憲嗣

鳴門教育大学大学院修了。吉備国際大学准教授などを経て、2015年から立命館大学スポーツ健康科学部准教授を務める。主な研究テーマは「発育発達期における動作コオーディネーション能力の理論的・実践的研究」「スポーツタレントの育成及びアスリート育成パスウェイの構築」など。

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