“歴史学×システム工学×食”が再発見した江戸のサステナビリティ

2019年6月30日


フードテックやスマート農業(サイト内関連記事)という言葉が表すように、近年は食分野でさまざまなテクノロジーが業界や学問分野の枠を越えてコラボし、これまで想像もつかなかったようなイノベーションを生み出している。今年(2019年)新潟市内で開かれた人工知能学会でも『食とAI -AIで切り開く未来社会-』というセッションが開かれ、多くのオーディエンスでにぎわった。しかし、登壇者に歴史学者やシステム工学の専門家がいたと聞けば、その意外な組み合わせに驚く人もいるのではないだろうか。

学際研究が歴史学にブレイクスルーをもたらす

なぜ人工知能学会のセッションに歴史学者が参加したのか。登壇したのは、江戸時代を専門とする鎌谷かおる准教授。立命館大学食マネジメント学部に所属する同氏は、“食”にフォーカスした歴史研究を行っている。保守的なイメージもある歴史学だが、他分野と連携すればもっと面白い研究ができるはずだと考え、專門ではない分野の学会やイベントに積極的に参加しているという。

「最近の歴史学では、他分野との学際研究が広がりつつあります。先日は立命館大学の赤間亮教授が、AIによる崩し字解読システムを開発して古文書活用の新しい可能性を開きました。私自身もいま、古気候学との共同プロジェクトを実施し、気候変動が人々の生活に与えた歴史的な影響を研究しています。他分野の方法論や知見は、これからますます歴史学に新しい発見をもたらすはずです」(鎌谷)

他分野の学会やイベントに参加したときはいつも、「“歴史学の彼氏を探しに来た”と表現している」という鎌谷氏。AIなど先端テクノロジーともさらに連携し、食の歴史研究の質・量を高めたいと語る。

『食とAI』授業風景。一連の盛付け動作を動画で記録し(左)AIで分析している(右、オレンジ色の△や○印)。体の動かし方や食器・食材配置などのノウハウを蓄積し、新人教育などでの活用方法を探りたいという

実際、鎌谷氏が所属する食マネジメント学部ではすでに『食とAI』と題した演習授業が開かれ、産業技術総合研究所や株式会社Eyes, JAPANと共同で、食の盛り付け技術をAIで分析する演習を実施しているという。国内外でもまだ例がないと思われるユニークな試みだ。この授業を担当するのは、システム工学を專門とする野中朋美准教授。その野中氏は先日、鎌谷氏と協働で、システム工学の観点から“江戸レシピ本”の研究に取り組んだという。“歴史学×システム工学”の学際研究はどんな知見を見出したのだろうか?

システム工学的視点アプローチで見えた 江戸レシピのポテンシャル

江戸時代には江戸・京都・大坂を中心に数多くのレシピ本が出版され、庶民の間で親しまれていた。特に『豆腐百珍』や『蒟蒻百珍』など、特定の食材のレシピが100種類載った“百珍物”は人気を博したという。野中氏はその『豆腐百珍』で紹介されている“ふはふは豆腐”という料理の再現に、システム工学の観点からアプローチした。

「古文書のレシピを現代語に訳して見てみると、当時のレシピは調理方法や調味料についてかなり大まかな情報しか書いておらず――同量の豆腐と卵をさっくり混ぜ、よくすってからふわふわに煮る、だけ――単純にレシピに書かれている情報のみから再現しようとすると簡単ではありませんでした。そこで私は工学的視点から
<目的変数=ふわふわという状態>
<設計変数=混ぜ方、火加減、加熱時間、調理器具など>
と捉え、“ふわふわ”という状態を再現できる条件の組み合わせを探りました」(野中)

ときにはクレープ、ときにはホットケーキのような見た目・食感になるなど、作り方によって出来上がりは一様ではなかったという。しかし、むしろその出来上がりの幅や、栄養成分までもが変化する点に気付きがあったと野中氏は言う。

情報の不完全さゆえに、当時のレシピには調理者や地域における創意工夫の余地が大きかったはず。それが結果として“おふくろの味”や“名物料理”と呼ばれる文化を育んだと考えられます。このような料理における属人性や地域性・歴史性は、遺伝子組み換え作物・野菜工場やレシピサイトなどを通じて食の画一化が進みやすい現代でこそ、再評価すべきかもしれません」

3月にアメリカで、“未来の食について考える”というテーマのイベントが開催されたときも、”Soil(土壌)”という言葉で地域性や文化・歴史の大切さを表現する声が多くの参加者から上がったという。システム工学が江戸の古文書に見出した“不完全性”というポテンシャルは、実はグローバルな問題意識にも合致するものだったのだ。

再発見した“江戸サステナビリティ”というレガシーを2050年に引き継ぐ

江戸に注目する二人が共有するのは、「2050年を前にして、私たちは未来の食のあり方を選択する岐路に立っている」(野中)という課題意識だ。国連は、2050年までに世界総人口が97億人にまで増えると予測。憂慮される飢餓への対抗策として、3Dフードプリンティングから昆虫食、スローフードまで、現代では両極端とも思える多様なあり方が提示されている。その選択において、高度なサステナビリティが実現していた“江戸”から学ぶべきところは大きいという。

「江戸ではフードロスがきわめて少なく、五街道や海路を通じて全国の多様な食べものが都市間を行き来い、気軽な屋台から高級な料理屋まで様々なサービス産業が発達していました。環境性・社会性・経済性のどれをとっても、江戸は“究極のサステナブル都市”だったといえるのです」(野中)

そう語る野中氏と鎌谷氏は今年初め、“EdoMirai Food System Design Lab”と名付けた研究プロジェクトを共同で立ち上げた。江戸という時代および都市における食を歴史学とシステム工学の観点から見直し、未来のサステナブルな食をデザインするというオリジナルな試みだ。コラボレーションのきっかけはまったくの偶然だったという。

「歴史学とシステム工学はある意味で対極にあるので、歴史学者の私が野中先生と話していると内容や方法論がとても新鮮に感じられて、気付きがいくつもあったんです。そこで、二人で取り組めばさらに面白い研究ができるのではと考えました」(鎌谷)

江戸時代の酒造りの様子(『日本山海名物図会』、国立国会図書館ウェブサイトより)

共同研究の一例としては酒の事例が面白い。日本の酒造の歴史は古いが、にごりのない清酒を大量に作る技術が開発されたのは江戸時代のこと。現在の阪神地域に位置する灘・西宮・池田地域で造られた清酒は評判となり、江戸をはじめとする広範囲の地域の人々にも楽しまれた。一連の技術開発や普及の背景には、東廻り航路・西廻り航路という航路の開拓、五街道の整備による陸上交通の活発化、容器技術の発達があったという。

複数の技術が同時並行的に発展し、ひと・もの・情報が陸路・海路を通じて交差することで、各地で酒造りの技術が分散的に進んだと考えられます。このような技術発展シナリオは、コア技術の独立的な発展がイノベーションを起こした従来の製造業とはまったく異なるもの。地域性や歴史性を前提にした未来の食をデザインするうえで、大いに参考になると感じています」(野中)

食を通じて集合した、歴史学とシステム工学。一見かけ離れている二つの学問分野が協力することで再発見したのは、現代にも有効な江戸の食文化、サステナビリティだった。偶然の出会いから始まったコラボレーションがいま、真にサステナブルな未来の食の姿を提示しようとしている。

鎌谷かおる准教授(左)と野中朋美准教授(右)

shiRUto 編集部

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